晩秋を迎え、酒造りもいよいよ本格シーズンを迎える。
冷房設備が整っている現在では、三季醸造や四季醸造に取り組む酒蔵も増えているが、県内では10月ころから今季の酒造りが始まり、晩秋から冬季、早春にかけての気温が低く、雪で空気が清浄される季節に酒を造る蔵がまだ多数を占めているようだ。
今回は、新潟市西蒲区の笹祝酒造で見学させていただいた、酒母の仕込みを追いながら、改めて酒造りと酒蔵の一年を紹介してみたい。
旧北国街道沿い、新潟市西蒲区にある笹祝酒造では、今季は10月4日の大安に醸造安全祈願が行われた。
明治32(1899)年創業の笹祝酒造では酒の神様である松尾大神をまつっており、代々、地元の仙城院(せんじょういん)という真言宗の寺に祈願をお願いしている。
写真は2017年の醸造安全祈願の様子。
「お寺さんにお願いしている蔵はあまりないかもしれませんね」と社長の笹口亮介さん。「真言宗なので、災難を除く『九字(くじ)を切る』んですよ」。
臨・兵・闘・者……の九字と、印を手に結んで空中に格子状の線を書くという呪法が、酒造りの安全祈願で行われるというのは確かに珍しいことだろう。
10月18日にはシーズン初めの米とぎである「初洗米」が行われた。
取材に伺った日は酒母の仕込みが行われることになっていた。酒母は(本)仕込みをする際に使われる、健全な酵母を大量に培養したスターターのような役割を果たす。酛(もと)とも呼ばれ、まさしく酒の核となる重要なものだ。
米にはもともと糖は少ないが、麹の力で米のでんぷんが糖になり、その糖が酵母の力でアルコールになっていく。
笹祝酒造で使っている米は「亀の尾」「越淡麗」「五百万石」「ゆきの精」「こしいぶき」「コシヒカリ」。2019年から全量、地元新潟市で栽培したものを使用している。
笹祝酒造では杜氏の畠山洋一さんと蔵人の大野雄介さんが酒造りを担っている。社長の笹口さんも時間が許す限りサポートに入る。笹祝酒造勤務歴30年以上の、誰よりも酒蔵に詳しい本田孝子さんも要所で作業に加わる。最強の助っ人だ。
午前8時。前日洗米して水を切っておいた米を計量し、吸水率を確認する。
米を運び、ザルから甑(こしき)に移し、平らにならす。「大野は野球部だったので、トンボかけは得意なんです」と冗談交じりに言う笹口さん。緊張気味の大野さんの表情もほぐれる。
今日は代表銘柄のレギュラー酒「笹祝 新潟印」の酒母を仕込むので、その掛け米となる「こしいぶき」を蒸す。
酒造りでは米の用途は2種類ある。1つは酒母や本仕込みの際の掛け米として、もう一つは麹をつくる米だ。
地元で最も愛飲されているレギュラー酒「新潟印」の精米歩合は65%。レギュラー酒以外の特定名称酒に含まれる本醸造酒の精米歩合の規定が70%以下なので、精米歩合だけみれば特定名称酒並みに磨いていることになる。
新潟県の酒蔵では日常酒とも呼ばれるレギュラー酒(普通酒)にも手を抜かない。米をしっかり磨いて、きれいな、かつそれぞれの蔵、それぞれの商品が目指す味わいを造り上げている。地元の人たちが日々楽しみにしている酒を大切にすることは、代々受け継いできた地酒蔵としてのプライドなのだろう。
蒸し米の準備。蒸気の力でスチール製の甑が浮き上がってしまうため、四方を金具でしっかり留める。
「よしっ」の掛け声で準備完了。米全体に蒸気が回ったら布をかける。
ここから約1時間、蒸気で加熱し米を蒸し上げる。
この間に酒母の仕込みの準備に入る。
出来上がった麹を乾燥させる「枯らし場」には、約2日かけて仕上げた、酒母の仕込みに使う麹が準備されていた。
麹を仕込み室へ運び、水を入れておいたタンクに麹を投入して「水麹」をつくる。
櫂(かい)を入れてよく混ぜる。作業後には必ず検温。酒造りにとって温度管理が重要だ。
そして作業後は掃除。清潔を保つための掃除や洗い物は、酒造りの作業時間の多くを占める。
酒母の仕込み後に予定している、ろ過作業に使うろ過機を組み立てる大野さん。このろ過機は小さなタイプ。網とフィルターと枠を順番に重ねていく。
「ろ過」とは、酒を搾った後に行う仕上げ作業の一つ。このろ過を行わない酒が「無ろ過」。
大野さんは新潟市出身。酒造歴は8年。関西の大学を卒業後、別の業界で働いていた時に大阪に勤務し、そこで日本酒の魅力にはまったという。県内2つの酒蔵を経験し、昨シーズンから笹祝酒造で、畠山杜氏の指導を受けながら酒造りを担っている。
畠山さんは米が入っていたザル洗い。休むことなく作業が続く。
本田さんは蒸し米を運ぶ布を準備。
蒸気でふくらんできた。
水麹をつくってから約20分後、乳酸と酵母を入れる。
左が乳酸、右が酵母。
「最初に乳酸を入れて殺菌し、そこに酵母を入れます」と畠山さん。
「新潟印」に使う酵母はS-3(エススリー)。農学博士で元新潟県醸造試験場長の廣井忠夫さんが開発した酵母だ。
廣井さんは県試験場長を務めた後、県内約10蔵の酒造りを指導する「越後酋楽会(しゅがくかい)」(1990~2004年)の顧問を務めた。笹祝酒造でも基礎から高度な技術まで指導を受けた。
櫂入れをして、よくかき混ぜ、検温をして、作業終了。そろそろ米が蒸し上がる時間だ。
米を入れてから約1時間、布を外し、蒸し米を掘り出す。
蒸し具合を手で確認しながら、蒸し米を放冷機へ。蒸し具合は、米をひと握り取り、手でつぶして練った「ひねりもち」を作って確認する。
これが「ひねりもち」。
放冷機の中の米の温度を確認する畠山さん。
量が多いときはエアシューターで仕込み室へとばすが、今日は少量なので、布に包んで人力で運ぶ。
仕込み室の酒母タンクに蒸し米を入れていく。
櫂を入れてよく混ぜ、均一にする。
量を測り、検温したら酒母の仕込み終了。
タンクがメモ板代わりだ。
仕込みが終わった酒母。仕込みから12日目に、本仕込みの初添え(最初の仕込み)を予定している。仕込みは添え、仲、留めの3回に分けて行う。
添えの翌日は仕込みを休む「踊り」を入れる。休養を入れることで、酵母が培養しやすい環境を整える。
留めの仕込み後は、酒の種類によるが20~30日のもろみ期間を経て、搾りを迎える。その間、杜氏や蔵人は検温や成分分析を繰り返し、もろみの表情を見ながら搾りのタイミングを決断する。的確な判断ができるかどうかが、酒の味を左右する。
シーズン最後の仕込みを終えることを、酒蔵では「甑倒し」という。
笹祝酒造の「甑倒し」は来年3月ころとのこと。
酒母の仕込みが終わると、すぐに蒸し場へ戻り、甑の掃除にかかる。
米を蒸すときに使った熱湯に近い湯で布や道具を洗う。酒造りの作業には無駄がない。
片付けが終わったら、10時の一服。
蔵人たちが休憩するスペースは「広敷(ひろしき)」という。笹祝酒造では「居場(いば)」と呼んでいるそうだ。酒蔵だけで使用している言葉も、大切な酒文化の一つといえる。
休憩が終わると、畠山さんはろ過作業にかかる。
昨季仕込んだ「翔(はばたき)21世紀」の仕上げ作業だ。
「五百万石」と「ゆきの精」を使った本醸造クラスの酒で、毎年地元の酒販店限定で年末にかけて販売される。
ろ過後の酒を利き酒する畠山さん。まず香り、そして味を確認。
畠山さんは新潟清酒学校4期生。同期は20人おり、コロナ禍前までは年に1回は同窓会をしていたそうだ。現役杜氏や元杜氏の同期もいる。
社長の笹口さんも清酒学校の卒業生だ。新潟清酒学校が新潟の酒造技術とネットワークを支えている。
蔵人の大野さんは「酒造りが終わって、試飲販売などでお客さまに『美味しい』と言ってもらえることがうれしいですね」と酒造りの醍醐味を話す。自身は燗酒が好きで、特に「飛び切り燗」以上の熱燗が好みだという。「どんな料理にも合うんです」。
「お燗にしておいしい酒も造ってみたいですね」と目を輝かせる。
笹祝酒造では2016年から、酒販店や居酒屋、日本酒愛好家などさまざまな立場の人と企画段階からともにタンク1本を仕込む「チャレンジブリュー」の取り組みを行っている。
昨季は休止したが、今季は復活! 詳細は公表できないそうだが、「甘口酒、デザートのような酒ですかね……」と笹口さん。
今季もさまざまなアイディアや遊び心を取り入れた、「楽しそう」な酒になりそうだ。期待しよう。
笹祝酒造では来春に向けて新たな事業も手掛ける予定だ。
「まだ正式名は決まっていませんが“笹祝酒造の麹キッチン”のような体験型の施設を考えています」と笹口さん。現在の売店スペースを大改装し、世代を問わず楽しめるスペースが誕生するという。
新潟市西区から西蒲区の北国街道沿いには日本酒、ワイン、ビールなどの醸造所が点在している。西区の高野酒造でも来春に向けて、オープンファクトリーの準備が進んでいるという。それぞれの酒蔵の取り組みに注目し、街道酒巡りをしてみたい。
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高橋真理子