三根山藩(現・新潟市西蒲区巻)で創業し、その後、現在の新潟市西区内野に移転。昔から変わらず、地元に愛される酒造りを目指している樋木酒造。「適量で健康的な飲酒を」を信条とする同蔵が醸すのは、料理の味を膨らませ、旨みを増強する食中酒。
「うちのお酒を県外でお買い求めいただくことはなかなか難しいと思います」。
現在、社長を務めている樋木由一さんは、樋木酒造の日本酒に対するスタンスに対して、次のように続けます。
「それぞれの土地を訪れてこそ飲めるというのが、地酒の醍醐味。その中でも、地元の方の普段の晩酌酒としてありたいというのが、うちの昔からの方針です」。
特にこの考え方がより強まったのは、由一さんのお父さまにあたる会長の樋木尚一郎さんが蔵の経営を担うようになってからのこと。新潟清酒のブームが起こった際も、全国的に販路を広げる蔵元もあった中、樋木酒造ではあくまでも地元密着というスタンスは崩さなかった。
酒は適量を、が口癖の会長からの教えを今も守る由一さんは父・尚一郎さんについてこんなことを話してくれた。
「父が実家の酒蔵を継ぐ前に研修などでお世話になった方の中で、飲酒の量や機会の多い方々が体調を崩されることがあり、その様子を見て、心を痛めた父は、健康にいいお酒の飲み方を探すようになりました」。
樋木酒造が今も銘柄数を増やさず、造りも大きく変更しないその根底には、健康に飲める酒を突き詰めた、ある種の完成形という想いがあるからだ。
樋木酒造のラベルには「かぎ」のマークが入れられている。
「うちの成り立ちにその理由があります」。
1832年に三根山藩で創業した樋木酒造が現在の内野の地に移転してきたのが1855年のこと。移転当初、醸造設備がなかったため、渡部村(現・燕市渡部)の阿部家の施設を借り、醸造を行なっていたそうだ。その後、内野で醸造をスタートする際に、お世話になった阿部家の屋号紋「かぎ」に升をイメージした四角の縁をつけたのが、樋木酒造の屋号紋となった。
「昔はこの内野に4軒の酒蔵がありました。これほど狭い範囲に4軒も蔵があったのは、本当にいい水が湧いていたからなのだと思います」。
フレッシュな味わいが珍重される傾向がある現在にあっても、生酒などは一切製造せず、2回火入れ後、蔵で貯蔵し、出荷するそのスタイルは、今も変わらない。だからこそ、造りが難しい面もある。通常、味のピークを酒の完成時に持ってくることが多い生酒と違い、樋木酒造で醸す酒は、熟成後、最も味が乗ってくるように設計し、醸造する。酒質を安定させるのは非常に難しさを伴う。
「2017年から杜氏が変わり、私も2019年から本格的に家業を継いだばかりです。まだまだ樋木酒造の味を継承している途中。毎年、じっくりと酒に向き合いながら、杜氏と一緒に、地元で愛される味わい造りに励んでいきたいと思います」。
地元・内野のお酒として、長きに渡り愛飲されている樋木酒造の主要銘柄は次のとおり。
柔らかな口当たりでほのかに米の甘みを感じられる普通酒。樋木酒造の醸す銘柄の中でも味わい、価格面から見て、最も晩酌酒におすすめ。
穏やかな香りとすっきりとした飲み口が特徴の本醸造。料理を選ばず合わせられる万能酒で、燗から冷やまで温度帯も選ばない。
穏やかで柔らかく、大吟醸酒でありながら控えめな香りが印象的。限定醸造のため、流通本数が非常に少ない銘柄。
取材・文 / 小島岳大