6代目となる阿部裕太さんが実家である阿部酒造に入社したのは、2014年10月のこと。数々の経験を経て、新たなる取り組みを次々に行うことで、新しい日本酒ファンを獲得している同蔵。阿部さんの酒造りに込める想いを伺いました。
「今井さんと穴見さんがうちにやっていたのは、2018年のこと。本当に偶然のことでした」。
日本とフランス二拠点に酒蔵を構え、革新的な酒を造る、「WAKAZE」。ここで現在、杜氏を務めているのが、今井翔也さん。一方、福岡市内でクラフトサケを醸造する「LIBROM」で醸造責任者を務めているのが、穴見峻平さん。この2人はいずれも阿部酒造で修行を積み、巣立っていった。
「2人に新潟大学の学生さんを加えた3人が研修生として入社しました」。
若い彼らと一緒に酒造りを行いたい。同じような志を持つ、仲間は蔵のホームページを変更することですぐに集まったそうだ。
「通常の蔵なら採用することはないでしょうね。デメリットも多いですから」。
研修生は、酒造りのイロハを学び、数年後、早ければ1年で阿部酒造を卒業してしまう。職人という熟練工を育てたい蔵としてはデメリットだが、メリットも多い、と阿部酒造の6代目で製造責任者である阿部裕太さん。
「従業員をはじめとし、教える側の成長がとても早い」。
毎年、素人の状態から仕事を覚え込ませる工程が始まる。いかに早く仕事ができる状態まで持っていけるか。そこで問われるのが、教える力。自分の中で酒造りの工程や説明するための言葉、伝え方にいたるまで自分の中できちんと消化できなければ、研修生の理解も早まらない。研修生制度を始めたことによって、従業員として働く蔵人も著しく成長したそうだ。
「酒造りを始めたいなら、阿部酒造で修行する。そんな流れが定着したらうれしいですよね」。
最初の研修生受け入れが始まってから4年となる今年、卒業生との新しい試みが発表され、全国から注目を集めている。
「卒業生のみんなで、同じ条件のもと日本酒を造って、どこが一番いい出来か、比べてみようって」。
阿部酒造、LIBROM、WAKAZEに阿部酒造で酒造を積んだ佐藤太亮さんが代表を務める福島県のhaccoba、この4蔵で同レギュレーションの酒を醸造した。
「卒業制作のような位置づけで、毎年『僕たちの酒』という銘柄を出しています。今回のプロジェクトはこれの延長線上、オマージュ的な位置付けになります」。
こういった他蔵ではなかなか行わないであろうものにチャレンジする背景には、阿部さんが酒造りを学んだ際に経験したある出来事があるそうです。
研修生制度を始める際に新調した、阿部酒造のホームページのトップページには、「自分たちの造りたいものを楽しみながら造る」という一文が書かれている。
「阿部酒造に戻ってきて、ふた造りほど経験した後、秋田の酒蔵で研修させていただきました。そのときに、こんなに楽しそうにみんなで仕事をしていたら、そりゃいい酒ができるわって。『和醸良酒』とはこういうことをいうのだろうなと実感しました」。
酒造りに対する考え方や姿勢、働き方……。短期間ではあったけれど、実家とは異なる場所でみた酒造りの現場で学ぶものは非常に多く、今の礎となっていると阿部さん。
それが一つの形として感じ取れたのが、卒業制作的に造っている「僕たちの酒」。先述した今井さん、穴見さん、佐藤さんらと2019年に醸したものだった。
「秋田の酒蔵の杜氏から『阿部さんならいずれいい仲間が集まってくるはず。めげずに頑張って』。2019年に仕込んだあの酒を試飲した瞬間、この言葉がすって頭に浮かんできました」。
次なる成長を、と阿部さんは新しい挑戦を始めました。
「日本酒は米、米麹、水の3つが原材料のはずなのに、味の幅が広い。この幅の面白さにチャレンジしてみたいと元々思っていたんです」。
ターゲットも伝えたい思いも、レシピやコンセプトもまったく変えることで、日本酒というアルコールで表現できる幅を飲み手に伝えたい、と「スターシリーズ」「圃場別シリーズ」を企画・醸造。それぞれに異なる味わいで、「あべシリーズ」とは違うファン層を獲得している。さまざまなアプローチから日本酒の新しい形を模索する阿部酒造、その味わいの一部を紹介します。
一子相伝で酒造りを継承する阿部酒造が醸す、本醸造。入り口は水の柔らかさを感じ、後味はスッとキレてなくなる、そんな飲み続けやすい一本。
同じ品種でも田んぼが異なることでどう味わいが変化するのか。そんな阿部さんの知的好奇心から生まれたのが、圃場別シリーズ。海の近くに位置する上輪新田のほか、山間の「野田」などもあり。
あべシリーズの定番純米吟醸。定番純米酒よりもさらにクリアな味わいと酸の主張を感じられるのが特徴。原料米には、地元・新潟県産米を100%使用。
取材・文 / 小島岳大