口にしたとき「ああ美味しい。」飲み終わったとき「また飲んでみたい。」と感じていただける、個性ある日本酒を目指し醸していきます。
山並みに入り込んでいくように山深い地。しかし、道はほぼ平らで決して広い土地ではないが、その傍らにはどこまでも田んぼが続く。旧和島。ここは、新潟でも知られた酒米の産地だ。
お酒の名前は多種多様だが、やはり親しんでもらいたいと、綺麗な字、綺麗な響き、縁起の良い名前、地元の名士の名前などが多くなるもの。
難しそう堅苦しそうな銘柄をあえてつけるには、それなりの確固たる思いがある、ということに他ならない。 「和楽互尊」。
その字のごとく、「お互いに尊重しあえば、和やかに楽しく」いられる、という意味なのだそうだが、お酒を知る前からこの言葉を知っていた人はいるだろうか。
命名者は池浦酒造の先々代。長岡の哲学者で、互尊精神を提唱し、野本互尊と自らを名乗っていた、野本恭三郎氏。先代がその精神に感銘を受け、親しくさせていただいていたのだそうだ。
互尊を酒の銘柄にするにあたって、助言を得たのが、漢学者の安岡正篤氏と、先々代の高い志、豊かな交友関係が窺われる。 「その精神を酒造りにも活かしていきたいと、祖父が命名したのです」と取締役社長の池浦隆太郎さん。
とかく酒造りは、人間があれこれ操作できるものではなく、微生物の働きを尊重して、必要に応じて、可能な範囲で環境を整えるだけ、と言われる。思うところは一緒なのかもしれない。
長岡市和島地区。この地に分け入ると、一見、山間にありるように思われるのだが、びっしりと田んぼが敷き詰められている。平地が続いている。風の抜けも良く、高温の続くような厳しい夏でも、稲が蒸れる心配がない。
そして何より、豊かで良質の水で知られる。 この一帯は、新潟でも米の産地としては日本一有名な魚沼に次ぐとも。いくら酒米が高価とはいえ、美味しいお米がとれるところで、酒米を育ててもらうのは難しい。
そんな酒蔵が、この地域の農家に酒米作りを託するのだという。その名を聞けば、いかにこの地の米が認められているのか、驚くほど、名だたる銘醸蔵が連ねている。
「当社も、敷地内で掘った井戸の水を使っていますが、この一帯は水の心配が全くないですね。 うちは小さい蔵ですから、地元の水を使って、地元の米、できれば和島地区の越淡麗を使って酒を造り、地元の人に飲んでもらう。
ずっとこうしてきているんです。もっとも人が減っているから、だんだん難しくなっていますけれどね」
地元消費率でもトップをいく新潟。プレミア付きのお酒を土産に買ったり送ったりするケースも少なくない一方で、こうして、地元の人に飲んでもらうことが酒造りの糧となっている酒蔵が多いからこその結果と言える。
本当に地元の酒を愛する飲み手と、地元の人に飲んでもらうことを喜びとする造り手が、確かにいるからなのだ。
間もなく200年を迎える歴史ある蔵だ。 広場のように開けられた中央のエリアを囲むように蔵が立ち並ぶ、ゆったりとした構成。 昔ながらの佇まいの中では、和窯を使うなど、ほとんどの作業が手作業で行われている。
「目に見えるほうが、造る身にとっては安心ですよね。酵母も、泡なしも使いますが、やっぱり泡がちゃんと上がるほうが、造っている実感、安心感があるんですよ」
また、昔ながらの蔵を利用している酒蔵でも、窓ははめ殺しになっているケースが多い。かつてのように、窓の開け閉めで温度調節をする必要もない現代では、むしろ密閉した方が使い勝手が良い。
そんな中、今も開けることができるこの酒蔵の建物は、現代を共に生きていることを感じさせる。 「機械化しているのはエレベータだけ。蔵の窓も掃除の時に開ける程度ですけどね」と笑う蔵元。
目に見える範囲で無理をせず、あるものを活かしていく姿勢が貫かれている。
池浦社長:良質の米と水が揃っていますから、あとは、私が一生懸命、良いお酒を作るだけ(笑)。うちはずっと、地元に愛される、味のある辛口です。お試しください。
蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。
「お互いを尊びあえば和楽を導く」という哲学者、野本互尊氏の教え。地元で一番飲まれているとのこと。精米歩合60%の普通酒。
有数の酒米の産地。とはいえ、やはり最も作られているのはコシヒカリ。地元産の米で造りたい、となれば代表格はコシヒカリ、ということで、地元産コシヒカリの55%で造られた、なんとも贅沢な純米酒。
40%まで磨いた地元産越淡麗で、じっくりと仕込んだ純米大吟醸。丁寧な造りが活きた味わい深さ。 晩年をこの地で過ごしたという良寛さまの書から取った銘柄だが、文字もそのままラベルとなっている。
取材・文 / 伝農浩子