創業当時から横井戸の沸水を仕込水として使用し、さらに良質な酒米を自家精米することにより昔から妥協しない酒造りを行っております。飲んだ人に喜んでいただけるように、蔵人一同日々研鑽しています。
松乃井酒造場の取締役常務兼杜氏の古澤裕さんは、こう話す。「私が杜氏になった2011年にいろいろとありました。あの時がターニングポイントだったかもしれませんね」。チームワークで醸す蔵、こう呼ばれるようになったその始まりとは。
山々に囲まれた豪雪地帯として知られる十日町。近年は世界的にも有名なアートイベントに成長した「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」でも知名度を上げている。
そんな話題豊富な十日町の郊外に、松乃井酒造場が蔵を構えたのは1894年のことだった。
「当蔵は、江戸時代中期から酒造りをしていた古澤酒造場に生まれ育った古澤英保が、1894年に分家して創業しました。
初代『英保』の名前を親父まで受け継ぎ、襲名していました。ちゃんと戸籍も変えてね。が、今は銘柄として残しています」
そう語るのは、杜氏の古澤裕さん。同社の商品の中でも最高級品として位置付けられる『純米大吟醸 英保』は、地元でいわゆるお使い物として絶大な人気。
横井戸から湧き出るとても柔らかな軟水を仕込み水に、酒造りに最も適した極寒の季節、35%まで磨いた「越淡麗」をザルで手洗いし限定給水、和釜で蒸し上げ、低温長期発酵。
手をかけ時間をかけて、じっくり丁寧に醸され、最後は槽で搾られる。
毎年、造りの始まる前、9月中旬から出荷を始めるが、春までには完売してしまうという。
「2011年に私が杜氏に就任。2019年に亡くなった兄との二人三脚はこの時、始まりました。蔵人の平均年齢は40歳と若い。そこで輪をもって醸そうと『Team Matsunoi』を立ち上げました。Tシャツや作業着などもロゴ入りで作って。そうしたら、若い考え方が自発的に出てきて、工夫しながら『美味いを届けたい』っていう個々の想いが強くなってきたんですね」
数年前に導入した洗米浸漬機があったが、蔵人たちの方から『麹用の洗米はすべて手洗いで行いたい』と言ってきた。
確かに洗米、浸漬はデリケート。現に吟醸系に関しては、変わらず手洗いを続けていた。それを麹米はすべてを手洗いにしたいと。手洗いだったら米が割れる心配も最小限に止められるし、目で見ながら作業できる。しかし、その量たるや並大抵ではない。
「自分たちの酒を良くしたいという一心なんでしょうね、嬉しい限りです」
原料処理の大切さは誰しも口にすること。しっかり洗い適量の吸水により、良い蒸米ができる。和釜で米を蒸してスコップで掘り出して運ぶスタイルの松乃井酒造場。
ほとんどの工程が手作業とはいえ、良い蒸米ができなければ、その後の麹造りや酒母造り、全てに影響してくる。
「チームワークを良くするために、広敷(蔵人が休憩したり打ち合わせをしたり食事をしたりする場所)での情報交換を活発にしようとしました」。
蔵人誰もが書き込めるノートを広敷内に設置した。
チームワークの結果、醸せた銘柄がある。
松乃井 SUPER本醸造。
「私が杜氏になった年だから、なにか記念になるような酒を造りたいなと思い、蔵人に相談したんです。『面白いことできないかな?』って。そうしたら、大吟醸酵母で本醸造を造ってみたらどうだろうってなりまして。平成23年の23号の造り。妻の名前も布美子(ふみこ)で、なんだか語呂も良い。500mlで200本分を仕込んで、3月の酒の陣で販売しました。せっかくだからと、蔵人も全員会場へ連れていき、対面販売をしてもらいました」
『美味くて安い酒を届けたい』。日ごろの想いが形となった新しい味わいは、予想以上の高評価を得た。TeamMatsunoiが初めて造った銘柄は見る見るうちに売れていった。
「みんなのモチベーションが上がっていくのが手に取るように分りましたね。やっぱり嬉しかったんだと思います」
2013年の造りからはラベルを一新。SUPER本醸造を醸す6人のシルエットをデザインに落とし込んだ(※蔵人との集合写真参照)。
「みんなの想いが詰まった、今の松乃井酒造場を象徴する銘柄のひとつです」
良い米麹を造るために、麹米は全量がザルを使った手洗い、ということに加えて、吟醸系の酒に関してはすべて槽でストレスの少ないようにじっくり時間をかけて搾っている。
また、火入れに関しても、吟醸以上は、すべて瓶火入れ1回で、瓶貯蔵。純米は出荷時の火入れが瓶燗。少しでも、フレッシュな味や香りを逃さないための処理だ。
丁寧な手作りと質の高さを知る地元の人たちだけに、純米吟醸などは、地元で完売してしまうことも少なくないという。 その一方で、「レギュラーこそがうちの酒」、とも語る古澤杜氏。
レギュラー比率が高いと言われる新潟県だが、全体平均では特定名称酒が約6割になっているという。そんな中で、松乃井酒造場は、5割弱。つまり「半分強はレギュラー酒」ということになる。
そして、地元への出荷率が7割。ほぼ全国の酒蔵が、下降線をたどっていた頃にも、ほぼ維持していたという安定度。まさに地元が支持する地酒だ。
古澤杜氏:蔵人が農家なのに加え、2016年から一粒一滴プロジェクトとして社員や得意先で田植えや稲刈りを行い、みんな可能な範囲で関わっています。
米どころ、酒どころという風土の元、米も酒も愛するメンバーで造っているのが、『松乃井』です。
蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。
精米歩合65%で、米の旨みが生きる柔らかな味わいながら、軽やかさとキレの良さがある辛口。「レギュラーあってこそのうちの酒ですから」という代表酒。
十日町の契約農家で栽培した酒米「たかね錦」を使用。低温でゆっくり発酵させて米本来の旨みと香りが引き出されている。「ぬる燗もオススメ」とのこと。
蔵人が丹精込めて有機栽培した酒米「越淡麗」を45%磨いて使用した純米大吟醸。有機JASの認定を受けた「越淡麗」はまだかなり珍しい。「魚沼で作っているので質もいいですよ」という。
取材・文 / 小島岳大