能登屋と言われた徳川時代から三百有余年、頑固なまでに守り続けた酒造り。
米どころ新潟の良質米と雪国の清冽な水。
豊かな自然の恵みと越後杜氏の技が生み出す銘酒「能鷹」。
直江津は日本海に面した港町。
1971年、高田市と合併して上越市となった。 田中酒造の蔵は、直江津の中心部より車で10分、日本海に沿って走る旧北国街道沿いにある。
えちごトキめき鉄道の「谷浜駅」前に位置し、夏には谷浜海水浴場がオープン。海水浴客で賑わう、全国でも珍しい海に近接する酒蔵だ。
「明治時代に北陸鉄道開通のため蔵が分断されて、谷浜駅ができました。」と、専務の馬場慶徳さんが説明してくれた。
1643年の創業当時は、『公乃松』。現在の銘柄『能鷹』は1943年からと言う。
「田中家の屋号が『能登屋』だったことと、『能ある鷹は爪を隠す』という格言から『能鷹』が生まれました。この格言は先代蔵元が好きだったと聞いています」
上越地区では甘口の酒が多いが、『能鷹』は辛口ひとすじ。「辛口と言えば『能鷹』」が定説になっている。
「ただ辛口なだけでなく旨みもある味わいで、地元直江津地区を中心に愛されている銘柄です。今も造りの大部分は人の手が携わっており、手造りの地酒をお届けすることを使命としています」 と、馬場専務の言葉は熱い。
それでは、愛される銘柄を造り出すのに必要なことは何か、と専務に尋ねた。
「モットーは和醸良酒。前杜氏も『蔵の和が大事』と常々言っていました」
昔ながらの手造りにこだわって、伝統の味を守りつつ、毎日飲みたくなるような酒を、和をもって造りたいと語る。 製造体制は6名。うち3名が季節雇用。
こうした中で和を保つには、専務ならではの苦心もあるに違いない。
「美味い酒造りの三要素は『心・技・体』だと聞かされています。心は蔵主の酒造りに対する情熱、技は昔からの秘法を守り酒造りに心血を注ぐ杜氏や蔵人、体は水と酒米、風土。この中の『技』の実現については、自分の役割と心得ています」
と、馬場さんの決意は固い。軽やかでキレのある辛口の中に、ふんわりと広がる後味の旨さ。『能鷹』の特徴は「心・技・体」によって生み出されていることを知らされた。
米については、麹はすべて新潟県産「五百万石」。大吟醸は蔵人が生産している「山田錦」と契約栽培の県内産「越淡麗」を使用。
「前杜氏から引き継いだときから、地元の酒米で金賞を取りたいが、まだまだ勉強不足…」仕込み水には裏山の横井戸から取水する天然水を使用。柔らかい水質で濾過して使っているという。
「もちろん、毎年、検査に出しています。もともとは竪井戸を掘って水を汲んでいたのですが、横井戸の水を使ったら関東信越局の品評会で3位に入賞、翌年の第49回関東信越国税局の鑑評会では首席になりました。以来、横井戸の水を使用しています。
毎年、シーズン前には全員で横井戸を清掃、点検します。ロウソクを灯して、這いつくばって狭い暗い洞窟をきれいにするんですから、閉所恐怖症だと耐えられません」
酒の味は水で決まる。うちの酒の味を造るのだから、と誰もが苦労を厭わないそうだ。
馬場さんは専務の任にあるが、入社時は営業に配属されていた。その当時から違和感を抱いていたのが、パッケージの不統一だという。ラベルは商品毎に書体が異なり、サイズによって瓶の色も違っていた。
「ラベルの書体を統一しました。女性の書家に依頼して新しい文字を書いてもらい、色は酒種で分けるようにしました。まずは純米酒から、続いて純米大吟醸と吟醸を発売。お陰さまで好評をいただいています」
ただし『普通酒』と『黒松』だけは変えない予定という。長らくの愛好者が多く、毎年お酒の味にも敏感で、少しでも違和感を抱くと直接専務に問い合わせが来る事もあると言う。
普通酒の製造割合が70%、地元への出荷率が75%と、地元酒通の支持が圧倒的多数の蔵を物語るエピソードだ。
ところで、2017年、松本零士が新作「戦国のアルカディア」発表とともに立ち上げたプロジェクト「名将銘酒47撰」をご存知だろうか。
そのタイトルから想像する通り、47都道府県を代表する武将を取り上げ、その県の日本酒&酒蔵とコラボする、というものだ。各県から参加できるのはたった1蔵。その新潟代表には田中酒造が決定。11月6日に出陣を果たした。
新潟県の誇る名将・上杉謙信公をラベル絵とした『能鷹 純米大吟醸~上杉謙信ラベル~』
他には、山形県・楯の川酒造『純米大吟醸 直江兼続』、宮城県・角星『金紋両国 伊達政宗』、高知県・酔鯨酒造『特別純米酒 酔鯨 坂本龍馬』、栃木県・第一酒造『純米吟醸酒 徳川家康』など。
それでは蔵元推薦のお酒を紹介しよう。
「山田錦」を40%まで磨いて使用。越後杜氏入魂の逸品。大吟醸らしい力強さを持ちながらも淡麗で旨口。気品ある香りは冷酒で冴える。
「五百万石」を精米歩合55%で使用し、芳醇な香りと濃醇な味わいが特徴。日本酒度+4,酸度1.8とスッキリとした口当たりの良さも持つ。
原料米は「五百万石」と「こしいぶき」。毎日飲めるスッキリ辛口酒で、料理を選ばず、冷やで良し、燗でさらに良しの看板商品です。
取材/伝農浩子、文/八田信江