日本酒醸造の伝統と技術革新 山廃造りにこだわる『君の井』の選択
君の井酒造

君の井酒造KIMINOI shuzo

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PICK UP 2024

「その旨味の為に惜しみなく手をかけること」をモットーにこれからも皆様の記憶に残る酒造りを続けていきます。

清潔さを保ちながら昔ながらのやり方で行う蒸米

酒蔵を見せてもらうと、木製の暖気樽(だきだる)が目に飛び込んできた。仕込用や蒸米を運ぶための木桶はたまに見かけるが、これはなかなか見られない。山廃技術の継承の結果なのだという。
「試しに、いつから山廃造りをやっているのか、杜氏に聞いてみてください」と、生真面目そうな7代目、田中智弘社長が、いたずらっ気をのぞかせるように言った。

ホーロータンクに木製暖気樽で造る山廃酛

早津杜氏が手にしているのが、木製暖気樽

近年、味のしっかりした酒を求める人たちを筆頭に、また酒造りの伝統回帰からか、生酛や山廃酛がクローズアップされる機会も多くなった。そんな中で君の井酒造は、伝統的な製法を引き継いでいることで知られる。
他ではほとんど目にすることのない、実際使用しているのは数えるほどだろう、木製の暖気樽が目に入り、田中社長に聞いてみる。
「伝統的な道具でもあるけれど、山廃造りには必須なんです。暖気樽に熱湯を入れて、山廃酒母の中に入れ、温度調節をするわけですが、木製なのでまず、持っても熱くない。そして酒母の中でも熱の伝わり方が穏やか。理にかなっているんです」

伝統の踏襲だけではない道具の理由

杜氏を務めている早津宏さんの説明になると、さらに具体的だ。早津杜氏は1976年、同社に入社し、新潟清酒学校で履修中に技能競技会の清酒製造業で技能士1級を1位で取得。2006年より杜氏となった。
米作りにも携わりつつ、この酒蔵一筋に40年を超えた、頼りになる存在だ。
「最初の温度を上げる段階であればステンレスやアルミニウムでもいいのですが、乳酸を増やす段階になると木製がいい。酒母に入れても木肌は極端な高温にならない。急激な温度変化を起こさず、なかなか冷めない。むしろ、木製でなければダメなんです」
木製の暖気樽は、情緒や懐古趣味ではなく、実利的な意味での使用だった。
使い続けている木樽も古くなってきて、順次新調しなければならないため、もう高齢で引退したいという木桶職人さんに頼み込んで作ってもらっているのだという。

途絶えることなく受け継がれてきた技術

現長野県の追分宿から新潟県の直江津を経て、日本海沿いに京都へとつながる北國街道沿いにある
蒸米運びも表面が柔らかで保温性が良く、湯気も吸収する木桶で

改めて、いつから山廃を造っているかと早津杜氏に聞いた。
「山廃という酛造りの製法が開発され、紹介された時からずっとです。この蔵は山廃造りを止めたことがないのですよ」
山廃酛は、生酛造りには必須だった山卸というきつい作業を省けたものの、水麹を造り自然界から乳酸菌を取り込むため、温度変化に注意を払いコントロールしながら、生酛同様、1ヶ月ほどかけて行うことになる。
同時期に、約半分の期間で出来上がる速醸酛も開発され、そちらに切り替えた酒蔵は多い。
北國街道沿い新井宿にある君の井酒造は1842年、江戸時代後期の天保13年創業とされている。これは、蔵に残る醸造許可証によるもの。
街を焼き尽くしたとまで言われる明治の大火をはじめ、度重なる火災により、多くの記録を消失しているため、さらに古い物証が出てくれば、塗り替えられるかもしれない。
正面の母屋は、明治の大火後に再建された建物を守って今に至る。造りの場となる奥にある建物は、のちに吟醸酒の普及に尽力することとなる建築家、篠田次郎氏の設計によるもので、1967年に完成した。
安全性、利便性を重視して建て替えたとのことだが、それ以前にあった建物も、いち早くコンクリート造りを導入。酒質を上げるための情報収集に余念のない様子が伺える。

ホーロータンクの導入にも尽力

蒸米が冷めないように、木桶を担いで走る、走る

近年になって、木桶の復活が著しい。歴史を重んじる君の井酒造ではあるが、蔵の中に並ぶのは、すべてホーロータンクだ。
じつは現代ではすっかり一般的なホーロータンクが、全国の酒蔵に普及した陰には、君の井酒造など新潟の酒蔵4社の支援があった。
木桶に比べて醸造過程での目減りも少なく、酒造りに悪影響となる雑菌なども入りにくいホーローでタンクを作れば、酒造りはもっと安全に量産もできると考え、兵庫県で創業した灘琺瑯タンク製作所。
地元兵庫の蔵に働きかけたが協力を得られず、代わって資金援助し採用したのがこの4蔵だった。その後のホーロータンクの広がりはご存知の通りだ。吟醸酒が広く造られるようになったのもホーロータンクのおかげとも言われる。
導入した1928年には、若き日の田中哲郎氏が、君の井酒造に、2年間の酒造り修行に来ている。

蔵元が語る酒造りへの思い

田中社長:仕込水は、妙高山麓に源を発する矢代川の伏流水を敷地内の井戸から汲み上げています。原料米も地元妙高市産を積極的に使用しています。豊富な雪解け水によって品質の良い米が作られるんです。
酒質の向上とともに、そんな地元の恵みをふんだんに活用して美味しい酒を造りたいといつも考えています。
そんな蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。

取材・文 / 伝農浩子