辛口ながら辛さを感じさせない『越乃景虎』 豪雪地帯・栃尾の老舗蔵にその理由を探る
諸橋酒造

諸橋酒造MOROHASHI shuzo

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PICK UP 2024

普通酒は蔵の顔。だからこそ手を抜かず、お客様に満足いただける酒でありたい。大事なのは、同じ味のお酒を待っていて下さるお客様にお届けすること。年が改まっても、心には変わることなく、先代の教えがあります。

杜氏の浅井勝さん

「料理の邪魔をせず、喉元をすっと落ちていくような酒を味わってもらいたい。酒は脇役でいい」、これが『越乃景虎』のコンセプトだ。

先代から娘に受け継がれる経営理念

諸橋酒造の蔵は長岡市の東部、魚沼丘陵と越後山脈に挟まれた栃尾盆地にある。現在は長岡市だが合併前は栃尾市と呼ばれた。
栃尾と言えば、越後が輩出した名将・上杉謙信が青年期を過ごした地。謙信が当時名乗っていた「長尾景虎」にあやかり、銘酒『越乃景虎』は生まれた。
「1969年の大河ドラマ『天と地と』で『景虎』が生まれ、2009年の『天地人』でも、おかげさまで話題になりました。だからと言って、製造量を大幅に増やすことはしなかったのです」
急逝した先代・諸橋乕夫氏の跡を継ぎ、2016年に7代目蔵元に就任した諸橋麻貴さんが語った。
「父である先代はいつも、身の丈に合った酒造りをしなさいと言っていました。それは、愛されている味を変えない、目の届く範囲の規模で、良いものを造ること。
『越乃景虎』は全量ほぼ手造りなので、この蔵の大きさでは、今が精一杯なんです」
60年あまり蔵を守ってきた先代と、歴代の杜氏によって築き上げられた蔵の味を崩さずに継承する。これが蔵の変わらぬ信念、そして自分の使命、と社長は胸に刻んでいるようだった。

地元に愛される普通酒こそ手を抜くな

創業から170年の諸橋酒造

創業は江戸時代の1847年。四方を山に囲まれた栃尾は新潟有数の豪雪地帯であり、冬は鈴木牧之の『北越雪譜』さながらの世界となる。その厳しい自然環境にあって、170年も地元に親しまれる酒を造り続けてきた。
「高級酒がおいしいのは当たり前。毎日飲む普通酒だからこそ決して手を抜かず造る、と先代は常々言っていました」 と、諸橋さん。
地元のお客様に親しまれている普通酒こそ、本物をお届けすべき。この想いもまた代々受け継がれてきた理念のようだ。
それでは良い酒を造る上で大切にしていることは何か、との問いに、造りの現場で指揮をとる杜氏の浅井勝さんから、
「人の和、高い技術力はもちろんですが、常に製造場内を清潔に保ち、いい環境で酒造りをするように心がけています」
伝統的和様建築の風格ある建物は、製造場内のみならず、土間も廊下もすがすがしく清められていて印象に残った。

自然の恩恵を味方につけて

全国名水百選に選ばれた湧水が仕込み水

諸橋酒造の酒造りは、雪国新潟きっての低温環境に加え、原料となる米や水にも恵まれている。 栃尾は、山の斜面がどこも丁寧に開墾され、全国屈指の棚田地帯。この棚田から良質の米が採れる。
水は自社敷地の井戸から汲み上げる天然水。そして全国名水百選に選ばれている「杜々の森(とどのもり)」の湧水。
この二つを仕込み水にするが、いずれも超軟水。不純物が少なく蒸留水のようで、発酵させるのが困難とされるが、優しい飲み口の辛口酒を造り出している。
「原料米、仕込み水は酒質を決める大切なものですから慎重に選びます。淡麗でスッキリした味わいの中に、柔らかさを感じるのは仕込み水を生かした造りだからです」と、浅井杜氏が実感をもって話してくれた。
「香り穏やかでスッキリとキレよく、辛口でありながら辛さを感じさせない」と評価されるこの蔵の酒には、雪深い土地で育まれた仕込み水が大きく影響していた。
実際、日本酒度が+12もある超辛口でさえ、シャープなキレ味で締めくくるものの、口当たりはまろやかに感じられる。
さらには、蔵近くの山中にある横穴洞窟を天然貯蔵庫に利用し、一部の商品を保管している。温度と湿度の一定した洞窟に寝かせると、酒がゆるやかに熟成して独特の風味を生み出すという。 こうして多くの自然の恩恵を味方につけた酒造りが、諸橋酒造では行われている。

造り手の自己満足ではなくお客様の満足を

杜氏の浅井勝さん

杜氏として、先代亡き後、蔵の味を守っていくもうひとつの、そしてある意味、とても重要な立場となった浅井勝さん。170年間の歴代杜氏の後を受け、強い覚悟で『越乃景虎』の造りを指揮している。
製造工程の中で最も重視していることを尋ねると、「原料処理です」と即座に返ってきた。
「いい蒸米を作ることが基本だと思います。『一麹、二酛、三造り』といわれる通り、全ての工程に蒸米がかかってきますから」

手仕事と最新技術と

歴史ある酒蔵の風情が残されている
守り続ける味だからこそ、時代を超えて愛される酒

なるほど、この蔵では精米は丁寧に自家精米、コンピュータ制御の精米機が動いている。蒸米にはすべて甑を使用、いい蒸米を作るためという。
また、瓶詰めには最新の設備を揃え、良い酒のためにという目標のもと、伝統と最新技術を必要に応じて柔軟に取り入れる。
「造り手側の自己満足ではなく、お客様に本当に美味しく飲んでいただける酒造りを心がけていきたいと思います」

これまで築いてきた蔵の味を変えることなく

諸橋社長:先代の逝去は悲しい出来事でしたが、蔵元としての忙しい日々の中で、残してくれたものの大きさと大切さを感じる毎日です。歴代の杜氏さんたちも蔵の味をしっかり受け継いでくれています。
お客様の声を聞くたび、これからも、愛してくださっているこの味を守り、伝えていくのが役目と、気持ちを新たにしています。
以下は蔵元がぜひ試してほしいというお酒だ。

取材/伝農浩子・文/八田信江