歴史ある小さな酒蔵が、大きな夢と情熱をかけて挑む、フルーティーで、新しい日本酒「醸す森」。
苗場酒造

苗場酒造NAEBA shuzo

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PICK UP 2024

令和3酒造年度全国新酒鑑評会金賞受賞・越後流酒造技術選手権大会第2位入賞。
その高い技術を全てつぎ込み、日本酒の本質的な美味しさを目指した新ブランド「醸す森」を醸造しています。

「醸す森」製造責任者の武田翔太

「苗場」と聞くと、にぎやかな苗場国際スキー場が思い浮かぶ人も多いだろう。しかし津南町は、苗場スキー場の裏側にあたる山裾に広がる。爽やかで穏やかな空気が流れる、苗場酒造のある街だ。

苗場山からの恵み、清らかな伏流水

蔵を守ってくれるしめ縄は、毎年、地元の方たちが提供してくれる。

すっきりとして柔らかい甘さがあり、女性に人気の高い『苗場山』。男性からは米の旨みがしっかり感じられると評され、好まれているという。鑑評会などでの入賞率も高い酒蔵だ。
飲み口の良さにつながる要素のひとつは、柔らかな仕込み水。標高2,145mの苗場山の伏流水だ。この軟水と地元津南町産を始めとする県産の酒米「五百万石」を主に使用して『苗場山』を醸している。
和窯に甑、蒸米はスコップで手掘りして放冷機へ。全て手造りで行うため、総量に比して蔵人の数が多いようだ。 対応してくれた事務課の福嶋香志枝さんが話す。
「現在は特定名称酒が8割を超えていることもあり、必然的に丁寧な造りとなります。そして、お酒には、自然豊かな津南町の風土や、和をもって醸す蔵人たちの想い、110余年の蔵の歴史……、そういった全てが込められています」
そうして生まれる酒は、雄大な山にも似た、懐深い味わいだ。

町の中心にある酒蔵・社屋を改修

広々とした駐車場の奥にあり、威圧感のないこの店構えで思わず立ち寄りたくなる

苗場酒造は1907年の創業。メインブランド『苗場山』は、創業時からの『不二政宗』に代わるものとして20年ほど前に開発された。地元だけに向けていた目線を上げ、全国展開への決心の意気込みが感じられるネーミングだ。
2014年には、社名も滝澤酒造から苗場酒造へと改め、100周年を期に社屋の改修を行った。数棟の酒蔵と事務所をひとつに集約。
ショップを併設し、事務所はその傍にオープンな形で設置。
「試飲もできますので、ぜひお試しいただきたいですね。ショップを通じて、お客様と直接お会いする機会が増えたことで、私たち事務の者ももっとこのお酒を知ってほしいという意識になりました」
と、福嶋さん。

風情ある店構えは町の活性化にも

店前には椅子も置かれ、細かな心遣い

「さすがにスキー客はこちら側までは来ませんが、登山の方は寄ってくださいますね」と、嬉しそうな福嶋さん。苗場山から下りてくると、町の中心部に酒蔵が立っている。湯沢駅へのバス発着場も近いという好立地だ。
「自分の登ってきた山の名前のお酒ですから、良い思い出になるようですよ。山小屋の方も、そのように勧めてくださっていると聞きました。ありがたいことです」
登山を楽しんだ人たちが自宅に戻り、登ってきた山の名を冠したお酒を傾けながら、無事に帰った安心感と思い出を肴にゆったりした時間を過ごす。幸せなひと時に違いない。

新商品「醸す森」の開発

おしゃれなラベルも人気の理由のひとつだ

「苗場山」「不二政宗」と共に長い歴史を歩んできた苗場酒造。しかし、日本酒業界の低迷が続く中で、今までの日本酒とは全く違う味わいの新ブランドを立ち上げる必要性を蔵元は感じ始めてた。

日本酒の本質的な良さを表現するにはどうしたらいいのか。
どうしたら日本酒が苦手な方や若い方にも手に取ってもらえるようになるのか。

試行錯誤を繰り返す日々の中で、松之山温泉「酒の宿 玉城屋」オーナーの山岸裕一さんから「一段仕込みで造ってみたらどうだろうか」というアイデアをもらった。

一段仕込みは、一度に少量しか造ることができず、通常の日本酒と比べると、約3倍のお米が必要となる贅沢な造り方。また、材料を一気に入れて仕込むため、味の調整がとても難しいことも特徴のひとつ。

しかし、糖がアルコールに分解される途中の非常に若い段階で搾るため、14度程の低アルコールで、初期に出る芳醇な吟醸香とお米の甘味を残したまま、フレッシュで豊潤なお酒になる。
この1段仕込みによって生まれる甘みと酸味、そして吟醸香が「醸す森」独特のフルーティーな味わいを生み出すのだ。

そして、上槽は時間と手間をかけても雑味を最小限に抑えるための袋搾り。
また、濃いお米の甘みと旨味をあえてそのままにするために、火入れも割り水もしない無濾過生原酒にすることにした。

大きな夢と情熱をかけて遂に出来上がった1本は、苗場酒造が胸を張って売り出すことができる「フルーティーで新しい日本酒」だった。

酒造りを若い力で繋いでいく

20代の若い蔵人が多いことも苗場酒造の特徴のひとつだ

この「醸す森」の製造責任者として活躍するのは、津南町で生まれ育った武田翔太さん。
1995年生まれ、苗場酒造のホープだ。
「新しいお酒だからこそ、今までの造りにこだわることなく新しい感性でやってほしい」と蔵元から醸造を任された。

「プレッシャーはありますが、任されたからには、みなさんに喜んでもらえる日本酒を造りたいです」
と、若さゆえの素直さ、ひたむきさで、ただまっすぐに理想のお酒を目指す。

そんな彼を支えるのは、気心の知れた蔵人たち。お互い方言で屈託なく話し、酒造りについて熱い議論を交わすこともしばしば。
小さい酒蔵だからこそできる小回りと知恵の出しあいで、持てる技術を全てつぎ込んだお酒を醸していく。

「醸す森」と共に新潟から日本へ、そして世界へ

「今まで日本酒なんて全く飲んでこなかったおばあちゃんが美味しいって毎日飲んでいるとか。日本酒が嫌いだった方が日本酒ってこんなに美味しいんですね、と言ってくれるとか。そういう言葉を聞くととても嬉しくなります」と武田さん。

ネットを中心に話題となり、一時は品切れすることもあったが、現在は四季醸造を行い、できる限りの増産体制をとって在庫確保に努めているという。
また、香港等に輸出も始め、今後は海外展開についても積極的だ。
「人気だからプレミア化するのではなくて、誰でも飲みたいときに簡単に手に入るお酒になりたいです。醸す森で日本酒の魅力に気づく方が増えて、ひいては日本酒業界そのものを盛り上げていけたら」

苗場酒造の大きな夢は広がり続けている。

蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。

取材・文 / 伝農浩子