お酒は人にしか味わえない。
だから人の心を豊かにするお酒を造りたい。
1673年、江戸幕府4代・将軍徳川家綱の時代から酒造りをしている老舗酒蔵『玉川酒造』。初代・目黒五郎助から19代目を数える長い歴史がある。
蔵を構える新潟県魚沼地方は日本有数の豪雪地帯である。 例年でも蔵の周りには雪が4~5mは積もる。その年は雪かきしても追いつかず、瓶詰めした酒が雪に埋もれてしまった。
「完全に埋まって手が出ない。仕方なくひと冬越した。春先に掘り起こし飲んでみると驚くほど熟成されており、社長以下社員全員が本当に驚いたと聞いています。『この味はこの地域でしかできない素晴らしい財産だ!』と、翌年から雪による熟成研究を始めました」
と語る、風間勇人社長。現存している雪中貯蔵の一番古い酒は1985年のもの。偶然が成したこの地域ならではの味が、蔵の主力商品のひとつになった。
「今は冷却装置付きタンクなど優れた機器もあります。それでも雪中貯蔵にはかなわない部分があります」と、風間さんは胸を張る。
タンクの動力は電気。振動もあるしムラも出る。酒も色がつき、香りも変化する。しかし雪の中だと酒はまるで冬眠した状態になるそうだ。
「酒は仕込んだ時の無色透明のまま。香りも新酒のまま。それでいて風味が丸くなる。最近、古酒が注目されていますが、それとは明らかに異なる新酒の熟成。新しいジャンルの古酒です」
新潟には豪雪を利用し雪中貯蔵を行う酒蔵は幾つかある。各々でやり方、考え方は異なるが皆、雪が酒にもたらす可能性に敬服の念を抱いている。
ここでは万年雪を使って「ゆきくら」と呼ぶ雪中貯蔵庫を建造した。
「弊社は瓶貯蔵です。お酒が空気に触れる面積が少なく1本の容量が少ない分、隅々まで熟成します。雪の中の温度は約2度で湿度は90%ぐらいです。また電気の振動は全くありません。
まるでお酒が雪山で冬眠をするかのように熟成します。歳は取っているけど若いまま。SF映画でよく見るコールドスリープというあの発想と同じです」
物流や技術の発達により季節や気候を問わず同じ酒を造ることも可能な時代だが、玉川酒造は1年1年に勝負をかける。それは顔が見える、蔵の景色が見える酒であるということ。
「新潟代表となる蔵、日本代表の酒蔵というのではなく、世界でオンリーワンというポジションを目指しています」と熱気があふれる。
風間さんが語るのは、日本酒の個性と未来だ。
「弊社は『100人に1人、好きだという人がいたら造ってもいいじゃない』というスタンスです。度数46度で凍らない酒と注目された『越後武士』は、発売当初はとんでもない酒だといわれていました。
梅酒も今日では当たり前となりましたが、日本酒の蔵元が手掛けるのは、10数年前はかなり異端視されていました。それでも 『清酒の可能性を広げるための挑戦だ』と考え造りはじめたのです。
そういった新しい商品を開発する上で重要な信念があります。それは奇をてらうだけではダメで、100年先でも飲まれている商品を造らなければいけない、ということです。
弊社は変わった商品も多いですが、商品を終売にもなかなかしないです。どれもこだわって自信をもって造ったもの。流行りに便乗するのは伝統ある企業がやることじゃない。伝統とは創るもの。創ることによって続くものです」
今季も雪に囲まれた白き世界の中、玉川酒造は100年先の酒、米の可能性を求めて造り続けている。
蔵元が薦めるお酒を紹介しよう
第94回 関東信越国税局 酒類鑑評会 首席第一位 最優秀賞受賞
令和五酒造年度 全国新酒鑑評会 金賞受賞
魚沼市産山田錦を全量使用し、創業から培われた全ての技術と情熱を注ぎ込んだ玉川酒造の最高峰大吟醸原酒。
受注から出荷直前まで万年雪の貯蔵庫内で冬眠状態となっており、新酒のさわやかな香りと柔らかく熟成した芳醇馥郁とした味わいを楽しむことができる。
数々の鑑評会で高い評価を受け続ける蔵人渾身の一本。
International Wine Challenge 2024 トロフィー受賞酒
玉のようなまあるい風味が特徴の玉川酒造代表銘柄。「玉を描くと円。円は縁。縁があって人が集まったときに、その中心で飲まれる酒、愛される酒になりたいという思いがあります」(風間社長)
風味よし。風格よし。風貌よし。淡麗旨口にて創業から地元でもっとも愛される1本である。
ワイングラスでおいしい日本酒アワード メイン部門 最高金賞受賞
「新しい日本酒の世界を広げるカギ」になれという想いを込めて「It’s the key」から生まれた1本。軽快な飲み口で甘さと酸味が特徴で、度数は12度。ステーキやピザ、ハンバーガーなどの洋食との相性抜群。
「海外での販売を視野に入れた商品です。日本を表現する上で漢字はもう古いと思い、カタカナを採用しました。カタカナも日本固有のものです。文字を模様のように覚えてもらって、イットキーという日本酒を知っていると言われるようになりたいです。」(風間社長)。
取材・文 / 金関亜紀