同じ辛口、旨口でも米の磨きが異なるだけで、味の深みも味わいが違うという世界を楽しんでもらいたい。そのためにも新潟県産の原料にこだわります。普通酒が一番と言われるようになりたいですね。
新潟県の南部に位置する十日町市。言わずもがな、日本豪雪地帯のトップクラスにあげられるほどの場所である。その地に1873年に創業した魚沼酒造は、酒を醸し続けている。
山々と信濃川に囲まれたこの地域は、妻有郷と呼ばれ、冬季になると2、3mもの雪が積もる豪雪地帯。じつはこの酒蔵を覆うように降り積もる雪は、酒造りに多くの恩恵をもたらしている。
「雪は暮らすものにとっては厄介な代物だけど、雪の安定した低温は酒造りに欠かせない麹菌や酵母などに最適な環境をもたらしてくれる。
同時に雑菌の繁殖を防ぎ、きめ細かい味わいを生み出す。新潟県の酒が淡麗といわれるのは、雪によって“低温長期発酵”が可能だからこそ」
と話すのは山口勝由社長。 魚沼酒造の日本酒は、淡麗辛口が多い新潟では稀な昔ながらの旨口が特徴。
春になり魚沼の山々から流れる豊富な雪解け水はミネラル分の少ない軟水であり、この軟水を仕込み水として使うことで、まろやかでキレのある味わいの日本酒に仕上がる。
米の旨みが最も感じられる旨口。だからこそ、山口社長の酒米への愛情はとにかく強い。
「水は酒造りにとって必要不可欠ですが、それは米も同じ。蔵と同じ地域で収穫される米も同じ水で育っているのだから、酒造りとの相性が悪いわけがない。
米は昔から私たちにとって大事なものだった。だから米を大事にきちんと活かすのが、酒蔵としては当たり前のこと」
酒造りに使う酒米のうち、五百万石や越淡麗は新潟県産の良質なものを厳選。生産量の少ない亀の尾は、同じ水脈が流れている十日町市の農家との契約栽培にこだわっている。
「地元の酒米にこだわる清酒蔵も増えてきた。地元の米で醸してこその地酒だと私は思う。うちは弟に造りを任せているけれど、お互い流行りに乗らない身の丈にあった酒造りをしようといつも話し合います」
蔵のある地元は、米の名産地ゆえに高収入が得られるコシヒカリを作る農家がほとんど。その農家と何度も話し合って酒米を作ってくれる人を増やしたそうだ。
「酒米を作る農家がまだまだ少ない。だからといってひとつの地域だけに固執すると、万が一その地域の米の出来が悪いとその年の酒造りができない。だから酒米は分散して調達しなくては。酒造りにおいては原料が何よりも一番大切」
酒造りに適した軟らかな水と良質な酒米。これらが揃ってうまい酒ができないはずがないという山口社長。
ここ数年、独自の酵母を開発する酒蔵が増える中、弟の山口為由杜氏は一貫して「新潟酵母」を使用する姿勢を崩さないのもこちらの特徴だ。
「家族経営の小さな酒蔵はとにかく何もかも規模が小さい。昔から新潟県産の米と酵母、そして地元の水で造り続けるしかありません。このオール新潟の日本酒こそ魚沼酒造の味です。
今風に飲みやすいように改良する点もありますが、基本は変えない。これしかない」
地域に根ざした酒蔵。その気持ちは代表銘柄『天神囃子』にも見られる。天神囃子とは妻有地方でずっと唄い継がれている祝い唄であり、元々は稲作豊穣を祈願する神事唄であった。
「元々違う銘柄だったのですが、昭和55(1980)年ごろ身近に縁起のよい名前があることに気づき変えた。おかげで祝席や吉事の際に地元の人が多く求めてくれるようになりました」
と、山口社長。『天神囃子』はめでたい席には欠かせない祝い酒として地域に根付き、そのため県外に出回るのは全出荷量のわずか1割程度とか。新潟市ですらなかなか見つけられない隠れた銘酒だ。
過去には全国酒類コンクールで、特別本醸造酒が本醸造酒部門で1位を受賞するほど高く評価された逸品である。
無駄なお金をかけず原料と造りに全てを注ぐ。その頑固なまでのこだわりが地元に愛され、コアな酒好きが魚沼酒造を応援している理由なのかもしれない。
「晩酌クラスの酒をうまいと思ってもらわなくてはいけない。高い酒がいいのは当たり前。みんなが毎日飲めるような酒の品質を上げることが需要拡大につながる。そのために一番簡単なのは、原料に金をかけること。うちは普通酒でも、精米は吟醸クラスまで磨きます。
なぜ新潟が酒王国といわれているかわかりますか? それはどの蔵も普通酒のレベルが他県とは一段階違う。普通酒も上質に造るのが新潟です。
だからこそ日本酒人口がまだまだ多いといわれるのでしょう。身の丈にあった造りをきちんとこなす。それが日本酒の未来を確かなものにします」
そんなこだわりで醸し出し、良質でありながらリーズナブルな酒が地元で多く愛飲されるのも当たり前のことなのだろう。
蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。
越淡麗を100%使った大吟醸。精米を39%と徹底的に磨きながらも米本来の味を損ねず、米の旨さをきちんと感じさせる飲み口。
口中に広がるフルーティな香りは飲み飽きせず、すっきりとした後口。どんな料理も陰で支える世話女房のような存在。
新潟の酒米、「五百万石」を55%まで精米して、ゆっくりと醸された特別純米酒。後味の軽さと米からくる旨味は食事と相性が抜群。「冷酒でも常温でも美味しいお酒ですが40度強くらいの燗にすると、米らしい甘みがふっくらと膨らんできて又別の味わいが楽しめます」(山口社長)
『天神囃子』といえば、やはり特別本醸造!と誰もが太鼓判を押す逸品。五百万石とこしいぶきの2つの米から来るきめ細かい旨味と後味の軽やかさが特徴。ここちよき芳香がある。ボディがあるお酒なので、燗して良し、冷やして良し、常温が又美味しい、という懐の深さだ。
取材・文 / 金関亜紀