飲んでくださる方の声を大切にし、応えるため、どの工程も手を抜かない酒造りを続けていきます。
首都圏でも「新潟の酒」として出会う機会が多い〆張鶴。地元・村上に根ざした地酒だ。新潟県の最北部に位置する村上市は鮭が遡上する町として知られ、100種類をゆうに超えるともいわれるさまざまな郷土料理とともに食文化を育んできた。「〆張鶴」は、そんな村上の恵まれた風土の中で醸される銘酒である。
杯を重ねてなお次の一杯を欲する。そんな「〆張鶴」の酒は、すっきりとした旨みと控えめな香り、すっとキレる後口のよさで、数多の飲み手を魅了する。
「鮭や近郊の港に揚がる旬の魚介など、私たちが普段口にする食材を使った料理に合う酒」と代表取締役で十一代蔵元の宮尾佳明さんが自負するように、「〆張鶴」は代々、村上の風土に寄り添った酒を醸してきた。
時代とともに酒造技術が進化し、酒質もわずかずつ変遷しているとはいえ、持ち前の清らかでキレのよい味わいは、これまでもこれからも変わることはない。
飲み手は、そんな一本筋の通った酒を造り続ける宮尾酒造のひたむきな姿勢を、一杯の酒に重ね合わせて愛飲するのだ。
酒の品質に全力を注ぎ込む宮尾酒造では、原料米の「五百万石」には「コシヒカリ」三大産地のひとつである岩船産の中でも良質とされる岩船地区で収穫されたものを、「越淡麗」は新潟県村上市産を使用。
仕込水には朝日連峰を源流とする伏流水を地下から汲み上げて使うことで、村上の風土や食に馴染む味わいを生み出している。
年々異なる米の出来具合や特性をいち早く見極めることも、上質な酒を醸す上で重要なことだと宮尾社長は語る。
酒を搾る時、さらには出荷前のきき酒も厳しい目で行い、飲み手のもとにベストな状態で行き届くよう細心の注意を払う。
「精米から出荷まで全ての工程において手を抜かないというのが、私たちの酒造りなのです」。誠実な造り手の心意気は、確かに「〆張鶴」の味わいに通じている。
蔵元の宮尾家には、二代目又吉氏が遺した酒造書「酒造伝授秘法之巻」が受け継がれている。創業当時の酒造りの手法が記された技術書である。
宮尾社長は「時代とともに酒造環境が変わり、技術も進化を遂げた今では、それを踏襲する酒造りは行っていない」と話すが、その一方で同書に記されているある和歌に込められた「品質第一」の教えを頑なに守り続けている。
造るなら面や匂ひにかかはるな 味ひこそ大事なりけり
「酒造りは酛や醪の面や匂いに関わらず、とにもかくにも出来上がった酒の味こそが大切だ」と。和歌に込められた心意気は、これからも変わることなく宮尾酒造の酒造りに生き続けることだろう。
宮尾社長:お酒の品質を第一に掲げて酒造りを続ける中、長年にわたり多くの方から変わらぬ味わいを評価いただけることは大変ありがたいことです。私たちにとっては、酒造りに向き合う姿勢を評価いただいていることにつながるからです。これからも飲み手の声を大切に受け止め、「〆張鶴」の品質を一層高めていきます。
蔵元が勧めるお酒をいくつか紹介しよう。
全国的に純米酒造りに取り組む蔵が少なかった1960年代に製造、販売を始めました。約55年にわたって全国の飲み手を魅了し続けているロングセラー。
高品質の「五百万石」を50%精米して仕込んだ純米吟醸酒は、心地よい香りとまろやかな旨味、きれいにキレる後口が魅力だ。清らかで凛とした変わらぬ味わいからは、造り手の真摯な姿が伝わってくる。
年に一度、11月に限定出荷。時節柄、贈答用として愛用される人も少なくないとか。兵庫県産の「山田錦」を精米歩合35%まで磨き込んで醸したその味わいは、華やかで上品な香りをまとい、味わいはふくよか。
すっきりときれいな後口の酒が多い中、ひと味違う「〆張鶴」が楽しめる。
大吟醸と同様に、上質な「山田錦」を使用。地元産の酒米を使用した酒が多い中、清らかでキレのよい「〆張鶴」ブランドに新たな幅をもたらしている。味わいは、穏やかな吟醸香とやわらかな味わいが特長。
同じ精米歩合の五百万石で醸した「純」と飲み比べて、原料米による個性の差を楽しむのもお勧めだ。
取材・文 / 市田 真紀