「質実な佐渡の地酒」の姿勢を大切に、今年も全量佐渡産米で良酒を醸し、島内外の飲み手の方々のご期待に応えたいと思っています。
日本酒は米と水からできている。全体の8割は水が占めており、うまい酒を造るには何よりも良い水が必要不可欠だ。日本酒蔵のある場所は名水が湧いているが、水は自然のもの。思うようにいかなくなることもある。
佐渡島沢根の地に加藤酒造店は1915年に創業した。しかし1993年に仕込蔵を移転。原因は水にあった。
「私が目指したのは軽やかで柔らかな口当たりで飲み飽きないもの。
でも、前蔵に湧き出ていた水で仕込むと、どうしても重たい酒に仕上がってしまう。ここでは自分の目指す味は造れないと、島内の水脈を巡り、やっと巡り会えた水が金井にあったのです」
という4代目で前社長の加藤健さん。選んだ金井にはもともと他の酒蔵があったが、すでに廃業。酒蔵があった場所には名水ありの理のとおりである。
蔵を移動、建て替えることは酒蔵にとってシビアなことも多い。
しかし、それ以上に4代目にとって酒造りに一番必要なのは「水」だった。
「移転した当初、味が変わった、昔のほうが良かったという声もあった。全く売れていないこともなかったのだから、移転しなくてもいいのではともいわれた。でも酒を造る私が納得できなければ、これから自信を持って、加藤酒造店の暖簾を掲げることはできない。だから移転した」
移転して三十余年。金井の地に湧きでる水で仕込む酒は、すっきりした柔らかな口当たり、いつまでも飲みあきない。
新潟は米の名産地。中でも佐渡は魚沼、岩船に次いでの米所であり、品質の良い米がよく実る。
江戸時代、島には金山もあり幕府直轄地だったため人口も多く、食糧不足にならないように山から海まで田が作られ、灌漑工事もきちんと整備されているためだ。
「平成28酒造年度から、原料米は全て佐渡産になりました」と教えてくれたのは、5代目で現社長の加藤一郎さん。平成27年、Uターンで蔵に戻った。
実り豊かな島の米が周囲にあるのに、わざわざ島外から米を買う必要があるのか。オール佐渡産と決めてから、扱う米にもこだわりを始める。
四代目:佐渡は朱鷺の生息地。朱鷺の餌となる生き物がいる田を増やしたいんです。そのためには、減肥栽培、無農薬、無肥料といった手間のかかる米作りになります。
しかし、そうすることで、佐渡の自然を活かし、朱鷺も住める郷づくりになるわけですから。多様な生物が生きている田んぼで米を育て、その米で酒を造る。自分の作った米が自分が飲んでいる酒になるということは、農家さんにとってもモチベーションがあがるようです。
「オール佐渡産『made with Sado』。これがうちのキャッチフレーズです」という4代目。……佐渡と共に……。そのことに誇りと喜びをもって醸された酒には、佐渡産の原材料だけでなく、気候、風土、人、想いが詰っている。豊かな島の自然があったらからこそ生まれた佐渡の酒。酒器に注げば、どこにいても、佐渡の風土を感じながら味わえるに違いない。
「100年以上、佐渡で酒造りをしてきたので、佐渡の農業にきちんと恩返しをしなくてはいけない。これは蔵人全員の思いでもあります。うちが酒米を全て佐渡産にすることで、水田の維持に役立てば……。
就農人口も減り休田が増える今、昔ながらを保つのは厳しい。けれど少しでも目の前に広がる島の美しい田園風景を守り、未来に託したい」
『金鶴』の日本酒を口に含むと優しい風が身体の中を流れていく気がする。一滴一滴に佐渡の自然や人々の思いがギュっと込められているから。水にこだわり島内産の酒米にこだわった蔵の佐渡への思いは、間違いなく伝わる。
蔵元が自信を持って勧めるお酒を紹介しよう。
佐渡の晩酌のお酒として島内外で愛されている銘柄。味のはばとスッキリ感のバランスが絶妙。穏やかな香りで食事の邪魔をすることもなく、飲みあきしない、蔵のアイデンティティがこもった1本。
「ぬる燗でゆっくりじっくり飲むのに最適です」(加藤一郎)
佐渡産の五百万石を原料にした純米酒。ボディ感があるが程よい酸があり、重く感じずに飲みやすい。数ある商品の中でも安定の人気がある。
ラベルは佐渡の書家によるもの。達筆すぎて書体がまるで水墨画のように見えるダイナミックさがある。
農薬や化学・有機肥料を使用しない自然栽培法で収穫した越淡麗を精米歩合50%まで磨いた純米大吟醸。
春先に搾り、秋口まで低温貯蔵させることで、果実のような香りとしっかりとした味わいとなり、適度な酸味によって後味の良いタイプ。秋冬の限定酒。
取材・文 / 金関亜紀