2022年2月、市島酒造から王紋酒造へ改名。4月には新発田市の新しい観光スポットとして物産館「五階菱」をオープンさせた。今後も新しい試みを次々実行していこうとしている同蔵の今について、杜氏の田中毅さんはこう話します。
1790年代に市島秀松が創業した、市島酒造を2022年2月に王紋酒造へと改名した理由について、長年、同蔵で杜氏を務める田中さんが教えてくれました。
「弊社は、創業以来、新発田市の中心で酒造りを行ってきました。観光蔵として、全国より数多くの方々に来訪していただきましたが、より高いブランディングを図ろうと考えた結果、改名することとしました」
創業当時には、諏訪神社前に位置していたことから看板銘柄を「諏訪盛」としていたが、大正末期から新たな看板銘柄として「王紋」を生み出した同蔵。以来、蔵名よりも全国的に銘柄が浸透していったと田中さん。
「蔵の名前と看板銘柄が統一したことで、さらに多くの方々に酒も蔵も知っていただけるようになったと思います」
2022年4月には体験型酒蔵リゾートと銘打った「五階菱」が誕生した。館内には、新発田市内の他社銘柄や下越地区の名産品など、500を超える物産が所狭しと、並べられている。さらには、有料試飲コーナーや旧倉庫を利用したプロジェクション・マッピングコーナーなど、目や舌で体験する施設もそろっている。
「エンターテインメント施設として、楽しんでいただける空間づくりを大切にしました」
今回、新設したスポットはJR新発田駅から徒歩約5分。目と鼻の先には、同市出身の実業家・大倉喜八郎の別邸「蔵春閣」が移築され、2023年には一般公開が始まる。そのほか、新発田総鎮守・諏訪神社や日本庭園の清水園、風情ある寺町通りなど、かつて城下町だった新発田市の風情を感じられるその中心に蔵は位置している。
「私たちの蔵やお酒に興味を持っていただき、まずは来訪いただく。そして、この場所を起点に新発田市を散策していただき、この街の魅力をいろいろな方々に知ってもらいたい。日本酒から始まる街づくりに取り組みたい」
五階菱創設も城下町プロジェクトと題した、壮大な試みの一環。生まれ育った街・新発田の活性化や経済の立て直しの一役を担えたら……。
「酒質的に目指しているのは、口当たりの柔らかい、優しいお酒」
1975年、女性としては日本で初めて一級醸造技能士試験に合格。2003年に退職するまで酒造りに携わった椎谷和子さんが在籍していた王紋酒造。そんな彼女の影響もあってか、同蔵で醸しているのは、常に「たおやか女性」をイメージさせる味わい。上品でいながらも強さを併せ持つお酒が信条だと田中さんは話します。
「さらに最近は、飲み手に若い世代の女性をイメージしたお酒も醸すようになりました」
アルコール度数を低めに設定。ほかの銘柄に比べて、甘味や酸味をやや立たせた「かれん」シリーズは、その最たる例。試飲コーナーや県内外の試飲販売会では、日本酒に興味を持ち始めた方々への入門酒として好評を得ているという同シリーズ。
「日本酒の新しいアプローチとして認識していただいているという手応えを感じています」
そんな同蔵では、このほかどのような味わいを醸しているのか。田中杜氏おすすめの銘柄をみてみよう。
ほのかに感じるナシのような香り、甘さと辛さがバランスよく広がります。純米酒らしく、喉を抜けた後、しっかりとした米のうま味を楽しめるのも魅力。
香りは穏やか、澄んだ印象のきれいな味わいで、後味のキレもよく、料理の邪魔をしない純米吟醸。
伝統のラベルが印象的な、地元で親しまれている晩酌酒。杜氏おすすめの飲み方は35度程度の人肌燗。少し温めて飲むことで、優しいうま味がより引き出される。
取材・文 / 小島岳大