特異な技術力と知見を活かす酒類鑑定官の経歴を持つ『麒麟』蔵元が目指すものは
下越酒造

下越酒造KAETSU shuzo

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PICK UP 2024

麒麟本醸造濃熟オールド、4年ぶりに再発売。冷や燗と共に流行りの炭酸割りも新鮮。ワイングラスでおいしい日本酒アワードで最高金賞受賞。

代表取締役社長佐藤俊一さん

下越酒造の代表取締役社長佐藤俊一さんは、農学博士の肩書きを持つ。東京大学大学院農芸化学科博士課程修了後は、国税庁に入庁し研究員や酒類鑑定官を歴任した。

いいものを造る覚悟

在任中は東京局、金沢局、醸造試験所、そして関東信越局と17年間にわたって、酒類製造業者の製造技術や品質管理技術の向上などを支援する立場にあった。
つまり、トップレベルの清酒造りを指導しながら、同時に各酒蔵で培われてきた酒造りのノウハウを目の当たりにしてきたとも言えるわけだ。
こうした経験は現在の酒造りにどんな影響を与えているか、との問いに氏は答える。
「当時、日本酒は国の重要な税収源でした。ですから、酒蔵指導においては腐造を防ぐことが至上命題。いいものを造らなくてはという意識は、その頃から私の中に刷り込まれていました」
1993年、鑑定官の職を退き、父・平八氏の跡を継ぐべく蔵に入った。ちなみに先代も国税局鑑定官の経歴を持つ。
全国の酒造場で酒造りの現場に接してきた人物が、親子二代にわたって経営トップの座にある酒蔵というのも珍しく、その特異な技術力と知見からは時代を読んだ商品が生み出されている。

人生の晴れの席で飲まれる酒を願って

下越酒造の創業は1880年。主要銘柄の『麒麟』は、鎌倉時代にこの地に築かれた麒麟城の名にあやかる。
吉兆時に出現すると言われる空想上の動物・麒麟。「吉」を願って人生の晴れの席で飲まれる酒でありたい、との願いが込められている。
蔵の正面にはその麒麟城跡を擁する麒麟山が見える。

かつては「会津藩領」の地

鎌倉時代に麒麟城が築かれた麒麟山

蔵を構える阿賀町津川は、阿賀野川と常波川が合流する地点の段丘に開けた町。
かつては会津と越後とを結ぶ会津街道の宿場町であり、また北前船の寄港地でもあった新潟と、会津地方を結ぶ阿賀野川の舟運の川港としても栄えた。
1886年に新潟県に編入されたが、それまでの700年余は会津藩領だった地。そのため食文化も会津地方の色合いが濃い。そうした歴史もあってか、この蔵の酒は越後流「淡麗辛口」酒ばかりではない。
『麒麟』は香味のバランスがよく、味が綺麗できめ細やか。旨味があるも後味スッキリ飲み飽きしないタイプ。他に濃醇旨口の『蒲原』ブランド、長期熟成酒シリーズもあり、味わいのバラエティは豊かである。

出荷の3割は海外へ

地元津川には狐火伝説があり、蔵の玄関前には狐像が立てられている

下越酒造の製造内訳は、「特定名称酒」が8割を占めている。販売量は地元・県内2割、首都圏を主体とする県外が5割、残りが海外、つまり3割前後が輸出用と、海を渡る商品の比率が高い。
販売先は米国、香港、台湾。海外戦略について尋ねた。
「1997年にSEA(日本酒輸出協会)が設立されて、それに参加しました。ジェトロの協力を得てロスやNYで試飲会をしたのですが、手応えが感じられたのです。続いて米国の市場調査をしたところ、日本酒が認知されてきて進出にちょうどいい時期だと判断しました。好まれるのは香りがあって甘味の感じられるタイプですね」

現蒲原の純米吟醸五百万石を『Bride of the Fox』の名で出している。地元津川の狐火伝説から生れた「狐の嫁入り行列」にちなむ名前だ。

熟成への挑戦も

貯蔵庫には熟成を待つ酒が眠っている

同時にこの蔵では同じく20年ほど前から、新潟では希少な山廃造りに取り組み始めた。そのきっかけは熟成酒を想定してのもの。現在『麒麟』ブランドに『時醸酒』シリーズが展開されている。
いずれも兵庫県産「玉田錦」、新潟県産「越淡麗」を使い、常温熟成させたもの。2001年上槽の16年ものは日本酒度-22、濃い山吹色に輝きナッツやチョコ、アプリコット様の多層な風味を潜ませる。
「時が醸す酒、時醸酒に山廃を採用するのは、酸が多い方がいいから。熟成した濃密な甘味には、それとバランスの取れる酸味が必要なんです」と佐藤社長。確かな品質設計の元に時がもたらす変貌は、予測可能なようだ。

自然と一体に個性ある酒づくり

会津藩領だった創業当時の造酒石検査簿が残っている

下越酒造では品質を第一に、優れた自然環境のもと個性ある酒造りを目指す。
佐藤社長:良い原料と微生物の活動を支える清潔な自然環境。製造を手がける蔵人の造りに対する熱意と努力。常に品質を第一に、自然と一体となって個性ある酒造りを目指しています。
全国から高い支持を得ている「新潟清酒」をベースに、新しい切り口での商品も提案。長期熟成酒研究会にも所属し、熟成古酒にも意欲的に取り組んでいる。
蔵元が自信を持って勧めるお酒を紹介しよう。

取材・文 / 八田信江