若い造り手の団結、チームワーク作りが軌道に乗ってきました。今年はさらにパワーアップして皆様の期待にお応えできる結果を目指します。
池田屋酒造が蔵を構える糸魚川市は、新潟県の最西端に位置し、北には日本海、南には3000m級のアルプスの山並みが広がっている。また日本列島の東北と西南の地質的境界線が走り、日本で初めてユネスコが定める世界ジオパークに認定されている。
さらには世界的にも珍しいヒスイの産地であり、海辺では打ち上げられたヒスイ探しも楽しめる。 こうした優れた自然環境と貴重な自然遺産に恵まれた町で、池田屋酒造は1812年の創業以来、200年以上にわたって酒造りを続けてきた。
酒の命とも言われる仕込み水は、日本アルプス白馬岳を水源にする姫川の伏流水。井戸から汲み上げるその水は、きめ細かく奥行きがあり、後口が爽やか。
清酒『謙信』が目指す、「柔らかく味に広がりがあり、爽やかな含み香がある日本酒」に適している。綺麗さの中に柔らかい味わい、米の旨みと自然な甘味があって、しかも切れ味爽快。
やや淡麗で中口の味わいは、こうした自然背景によって育まれる。
池田屋酒造の池原達弘常務が率いるのは、若手の少数精鋭軍団。製造部責任者の任にある斎藤省吾さんを筆頭に、30代前半までの育ち盛りの造り手たちだ。彼らはいずれも造りの期間が終われば、実家に戻り農業に勤しむ。
斎藤さんは米の名産地である根知(ねち)の出身。親の代から酒米を栽培してきた。今も「五百万石」と「越淡麗」を育てている。
照る日曇る日、田んぼで生育に向き合ってきた米は、JAを通じて池田屋酒造に納入され、清酒『謙信』の原料米となるのだ。その年の米の出来具合を知り尽くした栽培家の手によって、『謙信』は醸されることになる。
斎藤さんが、2014年に責任者という立場となってから、全国新酒鑑評会でほぼ2回に1回は金賞受賞と快調だ。ちなみに『謙信』はここ10年間で 7回も金賞に輝いた。
200年の伝統ある蔵に爽快な風の流れを感じたのは、彼らの生み出す求心力のせいかもしれない。
蔵に向かうタクシーの中で、ドライバーが話してくれた。冬になると自分はスキーの競技会で全国各地に出かけるが、その際に必ず携えるのが『謙信』の一升瓶2本。
夜の親睦会のためだが、『謙信』はいつも人気の的。楽しみにしている仲間のために、重たいのを我慢して持っていくことにしている、と。
地元に根強いファンがいることは、酒蔵にとって大きな強み。実際、池田屋酒造では吟醸酒・純米酒といった特定名称酒と普通酒の製造割合は半々だが、販売先は6割が地元県内。残りは関東主体の県外という。
地元での消費量が減少している蔵元が少なくない中、『謙信』は県民の地元愛をしっかりとつかんでいると言える。
「普通酒メインでやってきたが、これからは純米系主体にシフトすることを考えている。ただし、当社は地元糸魚川の人たちの好みを十分考慮して造ってきた。それを見失わないようにしたい」とは池原常務の弁。
歴史と伝統を踏まえながらも、新しい志向がここにも垣間見えた。
池原常務:当蔵は越後の名将・上杉謙信が川中島の合戦の折、敵将・武田信玄に塩を贈ったとされる「塩の道」千国(ちくに)街道沿いに蔵があります。
この信玄公の美談にちなみ、創業以来『謙信』名を拝命しています。200年の時を超え脈々と受け継がれてきたのは、地元顧客の満足を第一とする酒造りの心です。
越後杜氏が培ってきた技を生かし、酒造りの基本である米と水と対話しながら心醸す、まろやかな酒を育てていきます。
『謙信』は総米600㎏から2tの小仕込みで、目の届く範囲の造りを実践。今も和釜と甑を使っているのは、柔らかい味わいを大事にするからという。
麹については、夜間は製麹機を一部導入するが、基本は床麹法の手造りを継承。また貯蔵体制を充実させ、特定名称酒はタンク貯蔵、瓶貯蔵共に冷蔵管理を徹底している。
蔵元お勧めのお酒は以下の通りだ。
50%に磨いた「五百万石」を使用。香りは穏やかでまろやかな飲み心地、後口が良好。特に含み香が心地よく、味に広がりが感じられる。お勧めの飲み方は冷酒か常温で。マグロの刺身と好相性。
米は「山田錦」と「越淡麗」。精米歩合は40%。フルーツのような爽やかな香りが鼻を捕え、含めば味にまるみがある。上品に切れていく後味も絶妙。お勧めの飲み方は冷酒か常温で。お酒だけで味わいたい。
55%に磨いた「五百万石」と県産米を使用。落ち着いた香りで膨らみがある。柔らかい米の旨みを感じながらも、軽快な飲み心地。常温かぬる燗で飲んでほしい。豆腐料理やおでんと共にじっくりと。
取材・文 / 八田信江