これからもご愛飲いただけます様どうぞよろしくお願い致します。
ふじの井酒造の創業は、1886年とされている。しかし、代表取締役の小林政輝さんによると「蔵の歴史自体はもっと古い」という。
じつはこの年、蔵のある藤塚浜一帯が大火に襲われ、現存する一号蔵以外の建物が全焼。
蔵の創業年などが記された寺の過去帳も損失したため、同年を創業年とした背景がある。
幸い難を逃れた一号蔵は、その後江戸末期~明治初期の建物と判明。今なお現役で使われており、厳寒期には大吟醸酒や純米大吟醸酒の仕込みが行われる。
波乱を乗り越えて歴史を繋いだ先人に感謝し、当時の造り手に敬意を払いながら丁寧に醸す。ふじの井酒造の酒には、そんな造り手の誠実さがあらわれている。
地の米、地の水、地の技。銘酒『ふじの井』は、まさに「オール新潟」で醸された地の酒だ。 原料米には、コシヒカリの三大産地のひとつに数えられる岩船産の「越淡麗」や「五百万石」を使用。
酒に滑らかな口当たりとまろやかな味わいを与える水は、この地に古くから伝わる「不二の井戸」から汲み上げた豊富で良質な軟水が用いられている。
そして、これら風土の恵みが「越後杜氏」の技を受け継ぐ蔵人によって丁寧に醸し上げられ、その多くが新発田市を中心とする下越地区で愛飲される。
「これこそが、私たちが目指す『地酒の中の地酒』なのです」と、小林社長は、胸を張る。一杯の酒に凝縮された地域の風土や文化を味わう。そんな地酒の醍醐味を表現した銘柄こそ、「ふじの井」なのだ。
小林社長:『ふじの井』を醸しているのは、製品管理部部長の小池悟(冒頭写真左)をはじめとして、40~60代の蔵人5人。全員が酒造技能士もしくは新潟清酒学校の卒業生で、酒造経験は20年以上を誇ります。また、このうち1人は大吟醸酒などに使う原料米「越淡麗」の栽培も手掛けています。
歴代の越後杜氏から学んだ技を大切にするのはもちろん、「毎年が一年生」との謙虚な気持ちを忘れずに、これからも良酒を醸し続けます。
「『ふじの井』の認知度は決して高いものはありません。だからこそ、飲み手が心から美味しいと思う酒を醸していきたいのです」。銘柄への想いをこう語った小林社長は、“オール新潟”で醸す贅沢な酒を手ごろな価格で提供し続けてきた。
中でも本醸造酒は価格こそリーズナブルだが、原料米は精米歩合60%と吟醸酒並みに磨き込むなど、造り手のプライドが垣間見える。
蔵には最新鋭の設備こそないが、この地の恵みを存分に受け、飲み手のためにと真摯に打ち込む酒造りに、小林社長や蔵人たちは大きな喜びを感じている。
日々の食事とともに味わう楽しみや、お気に入りの酒を大切な人に贈ることができる幸せを、ふじの井酒造はこれからも酒に込めて届けてゆく。
蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。
年明け早々の厳寒期に醸す、ふじの井酒造の最高峰酒。同蔵で最も長い歴史を持つ一号蔵での仕込みとあって、「否が応でも蔵人の気持ちが引き締まる」と小林社長は語る。
原料米は、蔵人が栽培する岩船産の「越淡麗」100%。低温で時間をかけて発酵させることで、優雅な香りと気品あふれる味わいに仕上げている。
穏やかな香りと、時の流れとともに適度な熟成を経て生まれたまろやかな舌触りとの絶妙なバランスが秀逸な1本。
麹米は蔵人が手がけた「越淡麗」、掛米には村上市朝日村産の「五百万石」を使用しており、新潟県産の酒造好適米の潜在力をいかんなく引き出している。
新潟県産の原料米、新潟県の酵母、越後杜氏の技。オール新潟で醸されるこの酒は、地域の飲み手にとってなんとも贅沢な日常酒である。
冷やしてすっきりとしたのど越しを楽しみ、温めて甘美な旨味を楽しむ。温度帯の違いによる味わいの妙をじっくりと堪能したい。
取材・文 / 市田真紀