火入れ 一本一本手造りで仕上げる『越後自慢』は江戸時代からの蔵
小山酒造店

小山酒造店KOYAMA shuzoten

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PICK UP 2024

江戸時代から続く蔵の味も守りつつ、これまでとは違った日本酒造りにも取り組んでいきます。

顧問の小山伸一氏

後継者不足で廃業を考えていた蔵を事業承継し江戸時代から続く手作りの伝統的な酒造りを次世代に継承中。
事業承継を経ても変わらぬ酒造りと新しい酒造りで「お客様に驚きと感動を与える」をテーマに励む。

全工程を手作業で

上槽は酒袋に醪を詰めて槽で絞る

蔵への最寄り駅は信越本線の土底浜(どそこはま)駅。無人駅に降り立つと風に潮の匂いがする。ここから国道8号を渡って海へ向かうと、松林に囲まれて小山酒造店がある。
松林の向こうはすぐに日本海で、新潟県でも数少ない海岸線に近い酒蔵だ。近くには鵜の浜温泉があり、目の前は海水浴場。ナトリウム-塩化物泉で、旅館・ホテルほか日帰り温泉施設もある。
こうした風光明媚な海辺の地で、江戸時代天保年間(1830~1844年)に創業。180年ほどの歴史がある。当主は9代目の小山伸一さん。
「うちはすべての工程を手作業で行っています」と、蔵内を案内してくれた。 原料処理は和釜に甑、製麹には箱を使い、仕込みは小タンクでの小仕込みだ。
「醪の温度管理は大切です。温度が上がったときはタンクの下に雪を敷いて熱を冷ましています」
冷房設備などなくても美味しく造れる寒仕込みだ。
そして、搾るのは、全量佐瀬式の槽搾り。酒袋に醪を詰めて槽に積み重ね、昔ながらのスタイルを採用。
「圧力をかける前に自然圧で搾ります。すぐに圧力をかけると酒袋が崩れてしまうんです。」
手間も時間もかかるが、普通酒やカップ酒まで槽しぼりというから、飲み手にとってはなんとも贅沢な酒だ。

瓶燗火入れの採用は100年前から

瓶詰めしてから湯煎殺菌するのが瓶燗火入れ

さらに全量瓶燗火入れを行っているが、 「うちではずっと瓶燗火入れですよ。瓶が使われるようになってから」とのこと。
ガラス瓶が普及し始めたのは明治時代。1900年前後から灘・伏見の大手酒蔵で瓶詰の酒が販売されるようになった。一升瓶の大量生産が可能になったのは1922年のこと。
以降、木桶や大徳利に代わって国内独自の規格ボトルとして広く普及した。 そのころから瓶燗火入れをしていたというのだから、かなり先進的ではないか。
火入れとは酒の香り・味を安定させ、美味しいまま長期間保存できるように、65℃で15分ほど加熱すること。雑菌を死滅させるとともに酵素の活動を止め、熟成が進まないようにするためだ。
昔は大釜に酒を入れて加熱し樽に詰めていたが、今は熱交換器に通して酒の温度を上げ、殺菌するのが一般的だ。 これに対して、酒を瓶詰めしてから湯煎殺菌するのが瓶燗火入れ。
手作業で手間がかかるが、酒の劣化を防ぎ本来の風味を逃がさない利点が認識されて、最近は積極的に採用する蔵も増えている。
それを100年近くも前から実施していたというのだから、驚きだ。また、瓶詰も機械を使わずに手詰め。ラベル張りも3点張りでさえ手張りだ

蔵元杜氏として昔ながらを引き継ぐ

小山伸一氏は顧問として後進の育成に励んでいる。

「先代の杜氏が名杜氏だったんですよ。高齢で引退するにあたって、これからは経営者が自ら酒造りをするべきだとアドバイスされて、その気になりました。
うちのような小さな酒蔵が生き残っていくには、こういう選択もありだと思って。親の時代には黙ってても酒が売れたから、うちもそうですが、政界に入る人も多かったんです」
だから、農大を卒業するとすぐに蔵に戻って、酒造りの現場に入った。今では名杜氏から学んだことに自分の経験を付け加え顧問として若手に継承を進め、昔ながらの蔵の伝統的な酒造りと独自性の高い新しい酒造りにチャレンジしています。

小さな蔵の大きな挑戦

蒸米も人手で掘り起こしている

小山酒造店は2021年に事業承継が行われたことをきっかけに新しく挑戦した酒造りが「醸し香」ブランドの開発だ。
日本酒造りにとってお米に含まれるたんぱく質は雑味の要因になることから、精米によってたんぱく質の多いお米の表層を磨き落とすことで雑味のないクリアですっきりとした味わいを実現している。
一方、「醸し香」はお米のたんぱく質を精米で除去するのではなく発酵によって除去する独自製法を採用している。大切なお米を精米で無駄にせず酒造りを行うことでお米の甘み・旨味を活かしつつ、雑味のない味わいを実現できるのではないかと期待を込めて挑戦を続けている。
新ブランド「醸し香」でも代々受け継がれている道具と丁寧な手作りの酒造りは変わらない。代表銘柄の「越後自慢」では伝統的な味を守りつつ、新ブランド「醸し香」との両輪で小山酒造店のファンを増やしている。

いつも食卓にある酒が理想

麹も全量手作りしている

仕込み水は自家井戸から汲み上げる地下水。砂丘地帯の伏流水だそうで、酒は軟水仕込みのきめ細かい舌触りとふくよかな味わいを持つ。コメは五百万石と山田錦が主体、麹には普通酒でも好適米を使っている。
「上越では甘口系が多いのですが、うちは料理に合う酒、すっきりとした後味の食中酒を信条にしています。どんな料理にも合うと、お客さんから手紙までもらいました。子供の頃には蔵をよくのぞきに来て遊んだんですよ」
と懐かしそうに蔵元。目に映る蔵の風景は、半世紀が過ぎてもそのころと変わらないに違いない。道具も一本一本手造りで丁寧に仕上げる作業も。そんなふうに蔵に流れる時間は、これからも続いてほしいと感じられた。
以下は蔵元お勧めのお酒。

取材/伝農浩子・文/八田信江