『久保田』を産んだ長岡・朝日酒造 ファンとの絆を深め日本酒の新たなシーンをつくる
朝日酒造

朝日酒造ASAHI shuzo

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PICK UP 2021

2020年に創立100周年、久保田発売35周年を迎えました。久保田のブランドリニューアルを進め、これからもお客様に新しい美味しさをお届けしてまいります。

製麹工程

「朝日酒造」という名前を聞いてピンと来なくても、『久保田』という日本酒を知らない酒飲みは、かなり少ないだろう。
「千寿」「萬寿」など「寿」がつくサブネームでも知られ、新潟の淡麗辛口を代表する銘柄のひとつだ。
今回は、「『久保田』以前」「『久保田』の誕生と歩み」「未来へ向けた取り組み」の時系列を念頭に、朝日酒造に話を聞いた。

江戸時代後期に「久保田屋」として創業

長岡市朝日にある朝日酒造。その創業は200年近く前にさかのぼる。
朝日酒造:「久保田屋」の名で酒づくりを始めたのは、天保の改革でも知られる天保元年、1830年です。「天保の飢饉」という歴史をお聞き及びの方もいらっしゃるかもしれません。
当時は米が大変貴重だった時代で、酒米を集めるのも本当に苦労したと聞いております。しかし、「そんな状況にあっても、酒づくりを生業にして頑張っていくんだ」という先人たちの思いがあったのだと想像します。
今も主力銘柄のひとつである『朝日山』を発売したのは、明治時代半ばでした。それまでは、「久保田の酒」と呼ばれておりましたが、蔵がある地名「朝日」からとり、日本酒らしい「山」を加えて名前にしたそうです。
その後、大正時代の1920年に株式会社として朝日酒造が創立された。

4代目社長の決断と「東京X」

酒母造り

『久保田』を始めとする朝日酒造の酒は、新潟清酒らしい淡麗辛口が特徴。しかしそれは、『久保田』が誕生してからの変化だという。
朝日酒造:『久保田』の発売は1985年なのですが、それまでは『朝日山』も濃醇な旨口の酒でした。その時代は力仕事も多く、そうした働き方に合った食事、さらにそれに合わせたお酒ということで、しっかり飲みごたえがある酒づくりを行っていました。
4代目の平澤亨が社長に就任した頃、新潟醸造試験場の元場長だった嶋悌司さんを工場長として招聘して、酒づくりをガラッと変えたんです。
ちょうど、世の中がブルーカラーからホワイトカラー中心に変わっていく時代で、働き方が変わり、食生活に合った淡麗な辛口を目指そうということになりました。
それまで新潟県内が主だった販路も「東京を目指そう!」ということで、社内的には「東京X」というコードネームで開発された酒が、『久保田』になります。
久保田屋から地域の名にちなんで朝日酒造に、そして大きな挑戦を担った酒は、創業時の酒名にちなんで『久保田』と名付けられた。

土地に根ざした酒こそが地酒

仕込水

蔵に新しい血が入り、酒づくりを大きく方向転換する一方で、変えずに守り続けてきたものもあるという。
朝日酒造:「土地に根ざしたお酒こそが、地酒」という考え方は、まったく変えていません。『久保田』が東京を目指したプロジェクトだったとしても、まず地元の人に愛されることが大切です。
そのためには、この土地のお米で、この土地の水で、この土地の人たちが醸すこと。「地域とともに」という考え方は、今に至るまで息づいています。
仕込み水は、創業地の地内を流れる清澄な地下水脈。淡麗できれいな酒をつくるのに適した軟水だ。酒米は、鑑評会への出品酒を含めて、すべて新潟県産米を使用している。
朝日酒造:酒造好適米として主に五百万石や越淡麗を使っています。今では、契約栽培米の比率が6割を超えました。
また、1990年にはあさひ農研を設立し、稲の育て方を研究しています。品質のいい米を育てて、その作り方を契約農家にフィードバックしているのです。
米の品質は、育て方によって大きく変わるという。米粒の大きさやタンパク質の含有量(低いほうが酒米向き)などを研究し、酒づくりにとって無駄な部分が少ない高品質な米をつくれるよう、契約農家との協力関係を築いている。

徹底した温度管理で品質を守る

秋の田と酒蔵

長岡駅から車で向かうと、田んぼの真ん中に突如現れる近代的な建物が、朝日酒造だ。コンクリート打ちっぱなしのデザイン。そこにも、銘酒『久保田』を背負う酒蔵ならではの思いがある。
朝日酒造:建物や設備は近代的ですが、それはあくまでも手段であって目的ではありません。昔ながらの酒づくりを忠実に励み、酒づくりの基本、王道を守りつつ、品質本位の酒造りをするための設備を整えました。
たとえば、できたお酒を熟成させるための貯蔵棟という建物がありますが、建物全体で温度管理をしつつ、さらにその中にある1本1本の貯蔵タンクも、それぞれの銘柄に合わせて温度を管理しています。

日本酒がある「新たなシーン」を

ボトリング・ライン

銘酒『久保田』も、すでにロングセラーブランド。ファン層拡大のために取り組んでいるのは、「日本酒がある新しいシーン」の開拓だ。
朝日酒造:『久保田』が昭和60年に生まれて、その当時に飲まれていた方はだんだんお酒から離れられたり、若い方にとっては、「お父さんが飲んでいたお酒だよね」など少し敷居が高く感じられることもあるかもしれません。
そこで、若い世代の方にも興味を持っていただくための活動もしております。久保田発売30周年記念の際には、表参道ヒルズで体験イベントを開催しました。
2017年には、地元新潟発の総合アウトドアメーカー『スノーピーク』との共同開発で、アウトドアで楽しんでいただくための日本酒『久保田 雪峰(せっぽう)』を発売しました。
「アウトドアで日本酒なんて大丈夫なのか」という声もありましたが、実際にスノーピークのキャンプ場に行くと、「ポン!」とシャンパンを抜く音がするんですね。みなさん、お酒にも料理にもこだわって上質な時間を過ごされていました。その場と時間は、新しい日本酒体験になりうるのではないかと考えました。
「品質第一で、酒づくりの正道を歩む」ということは、昔からずっと言い続けており変わりません。その上で、新しい美味しさ、日本酒のあるシーンをお届けするのが、私たちが今あるべき姿だと考えています。

拡げるだけでなく深める絆

あさひ日本酒塾 麹づくり 2018年

新しいシーンの提案を拡げるだけでなく、ファンとの絆を深める施策にも余念がない。
朝日酒造:初夏には、弊社のエントランスホールで「貯蔵原酒100本のきき酒会」を2015年から開きました。酒づくりを行っていない夏場に酒蔵でのイベントはちょっと珍しく、普段は飲むことができない原酒が100本ずらっと並ぶのは、お酒好きの方にはたまらない機会だったようです。
蔵見学では見学の後に販売店で利き酒をしていただく機会がありますが、知っていただく以上に「一度口にしていただく」ということが大切です。
さらに深くお酒について知りたい人のために、一般のお客様向けの「塾」も開講しています。
朝日酒造:『あさひ日本酒塾』は、10月から3月まで4回の講義や体験の場があり、きき酒についての講義があります。感染症対策を行った新しい形でのプログラムを検討中です。
何よりもその方々が、「こんな体験をしてきたよ」と伝えて拡げてくださるのが、ありがたいですね。

ストーリーが残るお酒を

本社・社屋

『久保田』ブランドには、これまですべての商品に「◯寿」とつけられていたが、2018年4月、それがつかない『久保田 純米大吟醸』を発売した。
朝日酒造:『久保田 純米大吟醸』は、「香る、久保田」とうたっていますが、華やかな香りが立つように醸造し、初めての方にもわかりやすい美味しさを目指したものです。
これからも、お一人おひとりに「あの時には、この『久保田』があったよね」といったストーリーが残るようなお酒でありたいと願っています。
最後に、蔵おすすめのお酒を紹介しよう。

取材・文 / しらべぇ編集部・タカハシマコト