上杉謙信の故郷で地元に愛される酒を『スキー正宗』という名はなぜ生まれたのか
武蔵野酒造

武蔵野酒造MUSASHINO shuzo

一覧へ戻る
PICK UP 2018

当社では地元の米と水で醸し、地元で飲んでいただける酒を目指しています。2018年も地元愛ひとすじに精進します。
上越の食文化は醤油系なので甘めの酒になる傾向があります。当社では「甘すぎず辛すぎず喉越しのいい酒」、「飲み飽きしない、次が飲みたくる酒」を目指しています。

代表取締役の小林元さん

上越市の高田地区(旧高田市)には古めかしくも温かい町筋が残る。雁木通りと呼ばれるアーケード街だ。その庇の奥には城下町時代の町家が風情ある趣を見せている。
雁木は冬の積雪時に通路を確保する雪国の暮しの知恵。地域の共同体意識から生れたものという。町家は現在、交流館や瞽女ミュージアムとして活用されているのも興味深い。

日本のスキー発祥の地を誇りに

日本のスキー発祥の地となった上越市(paylessimages/iStock/Thinkstock)

武蔵野酒造は、こうした古き良き文化の面影濃い高田の街の商店街から少し進んだ、ゆったりと広がる住宅街に蔵を構えている。創業は大正時代、主要銘柄は『スキー正宗』。
「もともとは『越山正宗』というお酒を醸造していたのですが、昭和初期に改称したんですよ。なぜって、ここは日本のスキー発祥地ですからね」 と、常務取締役の小林尚さんは解説する。
1911年、オーストリア陸軍のレルヒ少佐が高田の陸軍営庭で、日本で初めてスキー技術を指導した。陸軍越冬の技術として伝わったスキーはやがてレジャーとして民間に普及し、多くのスキー板メーカーが誕生したそうだ。
「高田には地場産業としてスキーが定着、スキーで町おこしをしようとスキー音頭やスキー踊りも誕生しました。そこでうちは主要銘柄を『スキー正宗』に変えたという次第です」

話題性豊かな『スキー正宗』

昭和初期に誕生した『スキー正宗』

昭和初期に誕生したこの『スキー正宗』は、『越山正宗』をベースとしつつ、「滑るように喉を通り、それでいて淡麗すぎず、じっくりと味わえる酒」をコンセプトに仕上げ直している。
「当社は飲み飽きしない酒造りをモットーにしてきました。辛口や甘口になりすぎない、口に含んだ時の柔らかさを大切にして、普通酒から大吟醸までを造っています」と小林常務は話す。
その酒蔵の味の基礎となっている銘柄が『スキー正宗』で、淡麗になりすぎず味がしっかり乗ったお酒に仕上げているという。
この銘柄には特筆すべきエピソードがある。戦時中は外国語である「スキー」という言葉が使えず、やむなく『寿亀正宗』と表記した。苦肉の策だったが、市場では「縁起がいい名前」と歓迎されたそうだ。
戦後は再び『スキー正宗に』戻ったが、今度は地元から選挙のお酒には使えないとの苦言。 「滑ってしまうからだそうです。当社では滑り込みセーフのエール酒ですよ、と応戦していますが」と常務は笑う。 いずれにしても話題豊富な銘柄だ。

大河ドラマ『天と地と』で脚光を浴びる

ドラマのロケ時には俳優が蔵見学に訪れた

1965年には新銘柄『春日山 天と地』が生れる。大河ドラマ『天と地と』にも登場する戦国武将・上杉謙信の居城から命名された。ドラマのロケ時には謙信役の石坂浩二が蔵見学に訪れたという。
広く知られるように、上越市は戦国時代、天才的な軍略の才で越後国を統一した上杉謙信のふるさと。居城であった春日山城、少年期に薫陶を受けた春日山山麓の林泉寺、謙信を祀る春日山神社などゆかりの場所が残っている。
その謙信で知られる越後国にあるのに、武蔵野酒造と名づけたのにはどんな経緯があったのか。
「当社の創業は大正5年になっていますが、じつはもっと古い歴史があるのです。年代は明らかではありませんが、越後出身の創業者が江戸で修業したので、武蔵野の名がつけられたと伝わっています」
また、武蔵野には「野見尽くされぬほど広大な平野」の意味があり、それに引っかけて「飲み尽くされぬほど大きな杯」との意を込めて名付けたらしいという。
「『スキー正宗』は日常楽しむリーズナブル酒が中心ですが、新銘柄にはそれに加えて純米吟醸や大吟醸もラインナップされています。日本酒度は平均+5で、『スキー正宗』よりもスッキリ辛口に仕上がっています」

他社に先駆けて大吟醸酒にチャレンジ

坂口謹一郎氏の教えを受け継いだ酒造り

すると昭和40年代に立ち上げたブランドに、吟醸造りを構想していたことになる。
「坂口謹一郎先生が当社の顧問だったこともあり、先生のご指導の下、県内でも早い時期から大吟醸を造り始めました」
坂口謹一郎博士は高田の出身で、応用微生物学の世界的権威。わが国の醸造学・発酵学に、いち早く生化学的視点を導入して応用微生物学を発展させたといわれる。
東京大学応用微生物研究所初代所長および同大学名誉教授を務め、「酒の博士」としても知られた。著書に『世界の酒』『日本の酒』『古酒新酒』などがある。
2016年、上越市頸城区に「坂口記念館」が開設され、博士の功績と人となりを偲ぶ縁の数々が集められている。

徳川家康から流れる歴史の中で

徳川家康の六男、松平忠輝が高田城を築いて以来、高田藩の城下町として栄えたこの地には、いまも多くの見どころがある。城の跡地・高田公園は桜の名所。お堀の水にライトアップされた花が映る様子は、日本三大夜桜に数えられる。
さらに外堀を埋め尽くすハスは美しく、規模もに東洋一とうたわれている。 こうした数々の歴史資産に恵まれた街で、武蔵野酒造は地元に愛される酒を柔軟に生み出している酒蔵といえよう。
小林社長:当社では上越産以外の米は使っていません。「越淡麗」は試験栽培の段階から関わってきて、思い入れのある米です。仕込み水は妙高山麓のミネラルウォーター。フィルターは通しますが、加熱処理せずに使っています。

最後に蔵元お勧めの酒を紹介する。

取材/伝農浩子・文/八田信江