『菅名岳』の純米酒『菅名岳 九 特別純米酒』を新たに造りました。目を惹くオレンジボトル。見かけたら、手に取ってみてください。
酒蔵は、良い水を求めて場所を選ぶもの。近藤酒造は、「5つの泉が湧き出る」という五泉市にある。地名が語るように、質もよく絶えることのない豊かな水に恵まれた地だ。
「その水の恵みを、ここに生まれた子供たちにも知っておいてほしい」と、近藤酒造の近藤伸一社長は語る。今は当たり前と思っているけれど、決して誰もが与えられるものでない、恵まれたことなのだと。
「その水で酒を醸している。大人になったらこの酒を飲みなさい。鮭が生れ育った川へ帰ってくるように、地の酒を求めて帰ってきてくれるように、今から教えておかないとね」
真面目な顔で話していたかと思うと、見事にすり替えて笑いを取ってしまった。
街中といえども五泉市では、敷地内にある井戸水も、酒造りには最適の水。ところが、水にこだわるあまり、寒の入りから9日目、1月13〜14日頃という、そろそろ吟醸造りも始まろうという極寒の季節に、雪深い山奥へわざわざ水を汲みに行く。
「この日に汲んだ水は体に良いとされますから。以前、街中のここから山の近くへ蔵を移転して酒造りがしたいと思ったことがありまして。結局、実現はしなかったのですが、やはり、山の水への興味は捨てきれず、3〜4箇所の清水から水を採取し、試験場で検査してもらったんです。
そうしたら、どれも合格。どれも美味しい酒ができるという結果。どれに決めようかとなった時、迷いませんでしたね、そりゃ、一番奥の取りにくいところにある水でしょう」
それが菅名岳にある『どっぱら清水』。この水で仕込んだ酒が美味しかったのだそうだ。
寒九の水取りは、平成4年からスタートし、30回近くになる。一度も休まなかったばかりか、平成23年の新潟・福島豪雨の際にも社員他数人で汲みに行ったというツワモノ揃い。
「そりゃそうですよ。寒九の日は、1年に1度しかありませんから」と、当然のことのように答えが返ってきた。山行きには、毎回、山岳会の有志も同行している。
狂牛病、BSEが広がり、食の安全が叫ばれた翌年の2003年、トレーサイビリティ法が施行された。
誰もが「それって何?」と、頭を抱えている中、米作りを始めた同蔵は、積極的にトレーサビリティに取り組んだ。世間も管理するほうもまだ暗中模索の時期。
「そうは言っても、食の安全が重要なことは誰でもわかっていること。そのためには有効なこと。私たちは、私たちのやり方で、すべてルーツをたどることができるように、安全を証明できるようにしたのです」
米作りに関わる人は減少が止まらない時代に入って久しく、休耕田が増えていた。もうやめようという田を借りて作っているうちに、専業農家並みの4町歩という土地での米作りをしていたという。
「さすがに、そこまでの人手はないので、今では2町9反です」と謙遜するが、十分すぎる面積である。
日本酒は、美味しい嗜好品であるとともに、それ以上に、日本の誇るべき文化として伝えていかなければならない、と、近藤社長は強く考えている。
それをさらに発展させて、広く世界へ、長く未来へ伝えるべき日本のもの、ことを改めて認識してもらうための総称として生み出したのが「和材」という言葉。『日本酒和材論』だ。
「日本酒は、昔から最良のコミュニケーションツール、話材でもある。そして、その酒が美味しければ美味しいほど、人と人の仲が深まり、会話も深まる。いい酒はいい人を結ぶ。つまり、いい関係にあるということは、いい酒を飲んでいるということです。
そのためにも、うまい酒を作っていかなければならない。飲む人がいい関係を結んでくれるように。それは酒屋の使命ですね」
近藤酒造では、代々の当主が「和吉」という名を受け継いでいる。
「私の父は近藤伸平という名前でしたが、襲名して近藤和吉となりました。途絶えることなく続いてきた。だから、私もしかるべき時が来たら、名乗るものだと思っています」
「和」の源はここにあったのかもしれない。襲名というものは、どんなタイミングで引き継ぐものなのだろうか。
本来なら、父が亡くなってから、49日、1周忌、3周忌、などの機会に襲名披露を合わせて行うのが自然だが、タイミングを逸したと話す。
「自分がその名を継ぐにふさわしいか、それもわかりませんしね」と、謙虚な中に自己への厳しさをのぞかせる。
蔵元が自信を持って勧める日本酒を、いくつか紹介しよう。
寒九の水汲みで運んできた、菅名岳の中腹の湧き水を使用。自社田の越淡麗を40%精米して使用。
料理の祖神と言われる磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)から由来するという鹿六。
コミック『美味しんぼ』第4巻でフランス料理、とくに、ワインでも合わせるのがむずかしいエスカルゴに合う酒として紹介されている。原作者の雁屋哲氏は、「軽やかなさわやかさを感じる酒」と評したという。
60%精米した五百万石とどっぱら清水の水を使用。山の水だけに山菜によく合う。普段飲みにぴったりの飲み飽きしない酒だ。
取材・文 / 伝農浩子